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(15)「白いボールに包まれてフワフワ…」鑑定人に不可解答弁

午後3時15分、弁護人との打ち合わせを終えた歌織被告らが再び入廷。裁判長の「再開します」の声とともに、鑑定人2人による質問が始まった。2人は歌織被告の犯行時の精神状態を鑑定した精神科医。傍聴席から見て法廷の左斜め奥の席から質問した。

鑑定人A「きょう法廷で質問することは、私たち自身も知らなかった。被告も答えられる範囲で答えてください」

うなずく歌織被告。

鑑定人A「祐輔さんから暴力があったのは、ある程度事実だと思うが、暴力を受けている過程であなたの周りの人間の『現実感』(周りの人の視線をどう感じるか)に変化はあったか」

歌織被告「自分でも気づかない間に周りのものが、人であっても飼い犬のマーリーであっても…簡単に言うと、リアリティーがなく、自分の周りの日常すべてが、映画とか絵の中のワンシーンを見ているような…自分と外の世界の距離感がなかった」

鑑定人A「普段と違うものが見えることはあったか」

歌織被告「それは…あった。先生方には前にも話したが…」

うまく言葉にできない歌織被告。鑑定人は質問の仕方を変え、歌織被告の“言葉”を引き出そうとする。

歌織被告「彼の寝顔を見ていると…」

鑑定人A「薄いものが見えることがあると以前は言っていたが」

歌織被告「真っ白い膜のようなものが見えた。自分だけが大きい白いボールの中に包まれたような感じ。歩いているとフワフワしていて、現実感がなかった」

見えていた幻想を語る歌織被告。裁判の争点となる精神状態だが、不可解な答弁が続く。

鑑定人A「膜を見ているとき、不安が和らぐこともあったのか」

歌織被告「そう」

鑑定人A「そういうものが見えていたのは、いつからいつまで」

歌織被告「シェルターに入るちょっと前。その後、毎日ではないが、ふと気づくとそういう感覚になっていた」

鑑定人A「事件の前にもそういう感覚はあったか」

歌織被告「あったこともあった」

鑑定人A「シェルターから出た後、祐輔さんはあなたの友人に連絡を取っていたが、それを知ったときどういう気持ちだったか」

歌織被告「…」

歌織被告は何かを話そうとするが、言葉にならない。

鑑定人A「ちょっと難しいですか。ではいいです。ところで(逮捕されてからの)この1年間、拘置所の中で取り乱すことは多かったのか」

歌織被告「はい」

別の鑑定人が質問に立つ。

鑑定人B「検察官のした話の中で、(事件前日の夜に来た友人の)○○さんが、あなたを見て『怒っているようだった』と話していた。○○さんはあなたの何を見て怒ったように感じたと思うか」

歌織被告「○○さんとは一緒にICレコーダーを聞いていた。自分でもよく分からないが、○○さんがいるとき(祐輔さんがいつ戻るかと)ハラハラドキドキしていたので、それが怒ったように見えたのかもしれない」

鑑定人B「鑑定のとき、祐輔さんの目が『怖い』と言っていた。それはどういうときか」

歌織被告「彼がそこにいるいないにかかわらず、彼の目の存在は常にあって、どっかで見られているという感覚があった。あと、彼の目はただ興奮して怒っているだけでなく、その中で常に冷静で冷たくもあって、とにかくそれが怖かった。あの晩(事件当日)も、彼が帰宅したときそういう目をしていて、出方を間違えたら暴力を振るわれると思った」

鑑定人B「彼以外からも監視されているという感覚はあったか」

歌織被告「彼以外の人も、赤の他人も怖くて怖くて仕方なかった」

鑑定人B「犯行時、(凶器の)ワインボトルが目に入ったと言っていたが、そのとき考えていたことは」

沈黙が続く。ようやく答えても途切れ途切れになる。

歌織被告「そのとき…覚えていないけど…ただ、今覚えているのは絵。実際に見たのかわからないけど、あの晩のことで一番残っているのは、彼の寝顔と真っ暗な(家の前にあった)代々木公園」

鑑定人B「離婚をしようとした夜、(歌織被告に呼ばれ自宅に来てくれていた)○○さんは帰った。(祐輔さんと2人では怖いのに)それでも離婚の話をしようと考えたのは」

歌織被告「両親が上京しようとしていたし、ICレコーダーがあったから」

鑑定人B「今から考えると(祐輔さんと2人でいるときに離婚話を持ち出すのは)危険ではないか」

歌織被告は鑑定人の質問を理解できていない様子だ。

歌織被告「そう思ったので○○さんに来てもらった」

鑑定人Bが質問を打ち切り、鑑定人Aが再び最後の質問を行う。

鑑定人A「鑑定の時の話だが、シェルターから戻るとき『祐輔さんから脅されていた』と言っていた。その話をここでできるか」

被告は下を向いたまま無言を貫いた。

鑑定人A「分かりました」

⇒(16)凶器選び「ワインボトルだけ浮き上がった」