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(1)薬物事案300件超経験の救命士が証言 「まず意識、呼吸、脈を取り…」

合成麻薬MDMAを一緒に飲んで容体が急変した飲食店従業員、田中香織さん=当時(30)=を放置し死亡させたとして、保護責任者遺棄致死など4つの罪に問われた元俳優、押尾学被告(32)の裁判員裁判の第4回公判が9日、東京地裁(山口裕之裁判長)で始まった。今公判では、消防隊員らが証人として出廷し、押尾被告が田中さんの異変直後に救急車を呼んだ場合、搬送に要する時間について証言するとみられる。

芸能人が被告となる初の裁判員裁判の最大の争点は、保護責任者遺棄致死罪が成立するかどうかだ。同罪の成立には、(1)田中さんが保護の必要な人にあたるかどうか(2)押尾被告に保護責任があるかどうか(3)生存に必要な保護をしなかったかどうか(4)不保護によって田中さんが死亡したかどうか−の4つの要件を満たす必要がある。

このうち、特に重要なのは、(4)の不保護と死亡の因果関係で、過去の最高裁判例では、ただちに救急医療を要請していれば十中八九、救命が可能だったということまで立証する必要があるとされている。

つまり押尾被告が田中さんの異変後、救急車を呼ばなかったことだけではなく、救急車を要請していれば確実に救命できたことを立証しなければならない。

そこで重要になってくるのが、死亡時刻と救急車を要請した場合の搬送に要する時間だ。

検察側は田中さんが事件当日の午後5時50分ごろに中毒症状を見せ始め、午後6時ごろには悪化し、午後6時50分前後に死亡したと指摘。6時ごろまでに押尾被告が119番通報していれば、遅くとも6時22分ごろには専門医の治療を受けることができ、救命は可能だったと主張。一方、弁護側は、田中さんの死亡時刻は午後6時ごろで、仮に119番通報しても病院まで40分以上かかり、救命できなかったと反論する。

搬送時間について、検察側は実際にサイレンを鳴らした救急搬送のシミュレーションを行った結果から「遅くとも22分」、弁護側は過去の出動実績から「40分以上」と主張し、激しく争っている。証人として出廷するシミュレーションに立ち会った救急隊員や、現場の六本木ヒルズに駆け付けた救急隊員らの口からは何が語られるのか。

法廷は東京地裁最大の広さを誇る104号。午前10時3分、傍聴人の入廷などが終わり、山口裁判長の指示で押尾被告が向かって左側の扉から入ってきた。初公判のときから同じ黒いスーツに白いワイシャツ、ブルーのネクタイ姿。肩までかかってカールした長髪が軽くなびいている。暗い表情で周囲に鋭い視線を向けながら、向かって左側の弁護人席の横に腰を下ろし、ノートを広げた。男性4人、女性2人の裁判員も入廷し、10時5分、山口裁判長が発声した。

裁判長「はい。それでは開廷します」

山口裁判長は、予定していた証人尋問を行うと告げた後、この日、日程変更で証人が1人増えたことなどから、検察官と弁護人に、要領よく質問して時間厳守するよう注意した。

山口裁判長の指示で、向かって右側の扉から、この日最初の証人が入廷してきた。短髪でスーツ姿の中年男性だ。名前を名乗った後、うその証言をしないという宣誓書を読み上げた。

女性検察官が立ち上がり、法廷によく響くはっきりした声で尋問を始める。

検察官「あなたは東京消防庁麻布消防署の職員ですね」

証人「はい」

検察官によると、証人は昭和55年に消防士となり、平成4年には救急救命士の資格、15年には気管挿管及び薬剤投与認定救急救命士の資格を取得。救急隊員歴21年間のうち、15年間は救急現場で活動、6年間は若い救急隊員らの監督・指導に当たってきたという。現在は救急係長だ。

女性検察官は、証人の活動経験について質問していく。

検察官「あなたはこれまで、薬物を使用した傷病者を扱った事例はどのくらいありますか」

証人「統計はないですが、少なくとも300件以上はあります」

検察官「どのような事案が多いですか」

証人「特に多いのは睡眠薬の大量服用です」

検察官「覚醒(かくせい)剤やMDMAなどの違法薬物を扱った事例はありますか」

証人「記憶では5件あります」

検察官「それは何の事案ですか」

証人「覚醒剤です」

検察官「すべて覚醒剤ですか」

証人「はい」

押尾被告は、おもむろにペンを持ち、ノートに何か書き取り始めた。証人尋問のやり取りを書き留めているようには見えないほど、一心不乱にペンを動かしている。

続いて女性検察官は、今回の裁判で重要な問題となっている119番通報を受けてから、救急隊員が現場に臨場して救命活動するまでの流れについての一般論を質問していく。

検察官「119番通報は大手町にある総合指令室に入電しますね」

証人「はい」

検察官「救急隊員は3人1組で現場に臨場しますね」

証人「はい」

検察官「3人の中で、1人は救急救命士が入るわけですね」

証人「はい」

検察官「現場に臨場して傷病者に接触したとき、救急隊長はまず何をしますか」

証人「観察をします」

検察官「どんな方法で観察しますか」

証人「意識、呼吸、脈を取ります」

証人の声が小さく聞き取りづらかったのか、女性検察官が「もう少し大きな声で」と注意した。

検察官「ほかにすることはありますか」

証人「血中酸素を測ったり、血圧、心電図などもやります」

検察官「ほかの隊員は何をしますか」

証人「資機材の準備をします。事情聴取もします」

検察官「事情聴取のポイントは?」

証人「状態について、どういうときになったのか、(その状態になって)どれくらいか。既往症なども聞きます」

一般的なやり取りが続くためか、裁判員らはほおづえをついたり、両手を口にあてたりしながら見守っていた。

⇒(2)「アゲちゃんはうなり声をあげるだけで…」 異変に「非常に緊急度高い状態」と救急隊員判断