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(4)検察官に逆質問する精神科医に裁判長「あなたから質問しないで」

東京都港区で昨年8月、耳かき店店員、江尻美保さん=当時(21)=と祖母の鈴木芳江さん=同(78)=を殺害したとして、殺人などの罪に問われている元会社員、林貢二被告(42)の裁判員裁判は、弁護側請求の証人で、林被告の精神鑑定を行った男性医師への証人尋問が続いている。

黒いスーツ姿の林被告はややうつむきがちで、無表情のままだ。

検察官が、証人が記した意見書について質問を始めた。

検察官「2通の意見書は、平成21年12月22日付と平成22年10月14日付に書かれていますか」

証人「はい」

検察官「1通目と2通目はどういう関係ですか」

証人「最初に書いたものは、主に精神鑑定が必要かどうかというのがあったんじゃないかと思います。この事件は慎重に進めないといけないと。きちんとした鑑定をすべき状態なのかどうか、どの程度のものなのかその時点での予測として書かせていただきました」

ここで若園敦雄裁判長が割って入った。

裁判長「2通目については、犯行に至る経緯や精神状態について書いたものでよろしいですか」

証人「はい」

検察官「意識野の狭窄が徐々に始まると述べられていますね」

証人「はい」

意識野の狭窄とは、思い詰め、意識の範囲が非常に狭まる状態のことだ。

検察官「意識野の狭窄はいつからですか」

証人「だんだん始まっていきます。困惑状態がベースにあって、抜けだす反応として起きていきます」

検察官「ずっと意識野の狭窄ではなくて断続的に起こるということですか」

証人「基本にあるのは、困惑状態を抜けようとする反応として意識野の狭窄があるんです。(抜けようとして)また困惑状態に陥り、徐々に強くなっていきます」

検察官の質問に対して、証人はいらついた様子で早口で答え続ける。

専門用語を交えながら、証人が早口で証言するため、裁判員は表情を硬くし、証人を見つめている。

検察官「重くなっていくということですか」

証人「そのように考えていただいていいと思います」

検察官「(意識野の狭窄があっても)仕事はできるのですか」

証人「一定程度はできると思いますが、(林被告が)うまくできていないのが確か6月後半…、ここは抑鬱(よくうつ)状態と関連しているのではないでしょうか」

検察官「(林被告が)ショルダーバッグの中に包丁を無造作に入れてもっていたのは意識狭窄の根拠になりますか」

証人「合理的な思考とは思わないんですけれど。危ないじゃないですか。先生(検察官)は入れられる可能性はありますか?」

証人は声を荒らげ、検察官に質問を投げかけるような証言をすると、若園裁判長が強い口調で割って入った。

裁判長「あなたから質問しないでください」

検察官が黒いショルダーバッグを証言台の上に置いた。

被告は犯行当日の8月3日、ショルダーバッグの中に、ぺティナイフと果物ナイフ、ハンマーという3つの凶器を入れていた。ぺティナイフはむき出しのまま入れていたという。

検察官「このカバンは、被告人がナイフを入れていたショルダーバッグです。この中にナイフを入れるのは合理的ですか」

証人「私は絶対入れません」

証言台のそばまで進んできた検察官に対し、証人は声を大きくして、挑戦的な口調できっぱりと言った。

検察官が、被告人の精神状態についての質問を続ける。

検察官「被告人の精神状態はある種のパニック状態とおっしゃっていましたね。(裁判所の依頼で鑑定した)先生は、殺害方法が合理的と言っていましたが賛成しますか」

林被告は江尻さん方に侵入し、1階にいた鈴木さんの頭をハンマーで殴った上、首を果物ナイフで何度も刺して殺害。2階にいた江尻さんの首も別のナイフで数回刺したとされている。

証人「個人的な見解ですが、(鈴木さんを)メタメタに刺していますが、合理的な判断ができるような冷静な状態でそれができるかというと、できない理由があるとすると、意識野の狭窄があって、(殺害を)止められるということで爆発して、残虐な結果になったと思います。冷静にはできない行動だったと私は思っています」

林被告は、表情を変えることもなく、じっと証言に耳を傾けている。

検察官「犯行当時の精神状態ですが、(被告は江尻さんの家に入る前に)周りに人がいないかどうかみていますが、意識野の狭窄と整合しますか」

証人「ある程度のことはできますが、意識野の狭窄は、スポットライトが当たっている状態なので、そこに入っていれば見えますので、それなりの行動はできると思います」

事件当日の江尻さん宅周辺の防犯カメラの映像には、通行人とすれ違ってはUターンする被告の様子が記録されていた。

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