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(9)ガラス割れ、バンパーは外れていた…暴走トラックは向かって来た

約15分間の休廷をはさみ、再び開廷した法廷には、被告席の加藤智大(ともひろ)被告(27)や傍聴席から証言台を隠す遮蔽(しゃへい)が置かれたままだ。村山浩昭裁判長が証人に入廷を促すと、遮蔽の向こう側で今日最後の証人が入ってくる様子が伝わってきた。『名前や生年月日はカードに書かれた通りですね』との裁判長の確認に、『はい、間違いありません』と答える甲高い男性らしい声が法廷に響いた。証人が宣誓書を読み上げた後、検察側の証人尋問が始まった。加藤被告は無表情のままうつむいている。

検察官「それでは、話をうかがっていきます」

証人「はい」

検察官「あなたは平成20年6月8日に秋葉原で起きた出来事を目撃しましたね」

証人「はい」

検察官「あなたにお聞きしたいのは、この法廷でEさんと呼ばれている女性とFさんと呼ばれている男性についてです」

証人「はい」

EさんとFさんはいずれも秋葉原殺傷事件で刺され、死亡している。

検察官「あなたはこの日、秋葉原に何をしに来たのですか」

証人「おもちゃのフィギュアを買いに来ました」

検察官「当日来たのは午前中ですか」

証人「はい」

検察官「買い物を終えた後は、どうする予定だったのですか」

証人「買い物をして、自宅に帰るため秋葉原駅に向かうところでした」

検察官「それでは図面を示します。当時、あなたがいた場所をボールペンで書き込んでください」

証人「はい」

検察官は遮蔽の向こう側で証人の位置関係を確認するため、現場付近の地図を示したようだ。法廷内の大型モニターにも同じ地図が示され、証人が書き込んだマークが映し出される。

検察官「(現場近くの大型家電量販店)ソフマップの裏道を通っていたのですね」

証人「はい」

検察官「何時ごろですか」

証人「午後0時20分ごろだったと思います」

検察官は、加藤被告のトラックが秋葉原の交差点に突っ込んだ際の様子から、質問していく。

検察官「あなたは神田明神通りと中央通りが交わるところを渡ろうとしていたのですか」

証人「はい」

検察官「信号は何色でしたか?」

証人「赤だったと思います」

検察官「道路を渡ろうとしたとき、何か起こりましたか」

証人「はい。ドカンという音が聞こえました」

検察官「大きな音でしたか」

証人「かなり大きな音でした」

検察官「その音はどこから聞こえてきましたか」

証人「歩行者天国の方です」

検察官の尋問に対し、はきはきと答える証人の声が法廷に響き渡る。加藤被告は相変わらず、無表情のまま遮蔽を見つめている。

検察官「その音を聞いた地点をひらがなの『あ』と書き込んでください」

証人「はい」

証人が「あ」と書き込む。

検察官「道路を横断したあと、音のした方向を改めて見ましたか?」

証人「はい」

検察官「そのとき、改めて見た場所を『い』と書き込んでください」

証人「はい」

検察官「そのあと、どんなものを見ましたか」

証人「トラックが走ってきているのを見ました」

ここで、検察官は走行中のトラックの場所を地図に書き込むよう証人に促す。

検察官「トラックがあなたの方に走ってきているのが見えた、ということですね」

証人「はい」

検察官「トラックの様子はどうでしたか」

証人「前のガラスが割れていて、バンパーが外れていました」

トラックが自分の方に向かってくる様子を淡々と語る証人。フィギュアの買い物を終えて家路に向かう途中だった証人には、このとき、まだ、事件の本当の恐怖に気づいていなかった。

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