第5回公判(2010.10.25)

 

(2)「バケツに水が一滴落ちるとはじけるようなイメージ」犯行の瞬間の心理を分析

江尻美穂さん

 東京・秋葉原の耳かき店店員、江尻美保さん=当時(21)=と祖母の鈴木芳江さん=同(78)=を殺害したとして殺人などの罪に問われた元会社員、林貢二被告(42)の第5回公判は、弁護側証人として男性精神科医の証人尋問が行われている。弁護人は、犯行時の林被告の精神状態について質問を続けている。林被告は被告人席でうつむいたままだ。

 精神科医は身ぶりや手ぶりを加えながら、弁護人の質問に答えている。弁護人は、耳かき店に出入り禁止になった後から林被告が精神的に追いつめられ、事件当時は、正常な判断ができなかったと、証明したいようだ。

証人「よくあるのは単純なミス、普段、起こさないようなミスを犯してしまうことです。普段できている簡単な作業ができなくなってしまうというような。たとえば、車の運転がうまくいかなくなったりと、思考静止によって頭が働かなくなる状態にあったんではないでしょうか」

弁護人「7月19日に被告が美保さんに会ったときに、美保さんに走って逃げられたことは精神状態に影響を与えたんでしょうか」

証人「被告はそのときの状況について、(耳かき店への出入り禁止などが)『どうしてなんだ』と追究していって(考えた結果)、選択肢が直接、美保さんに会うしかないと思って行動に移した。しかし、美保さんに会って、明確に拒絶されたことで、相当な絶望があったのではないでしょうか」

 精神科医は、事件前から林被告が精神的に追いつめられ、正常な判断ができなかったのではないかと証言する。

弁護人「事件前日の8月2日、被告は、仕事の準備をしたり、日常の生活をしたりしていますが、それはどのように考えられますか」

証人「不安・困惑状態にある中で、そこから脱するために不安・困惑状態じゃないことをするということが考えられます。被告は抑鬱(よくうつ)状態だが、仕事はできていた。(別のことをしていることで)不安・困惑状態から抜けることもできるときがあった。その間だけ忘れることができるが、(別のことが)終わると、再び不安・困惑状態になるという状況です」

弁護人「8月3日に美保さん方に行く途中に、ナイフやハンマーを無造作にカバンに入れて、満員電車に乗っています。(江尻さんの)家族がいることに気づいていないなど、その当時、意識野の狭窄(意識や考えが非常に狭くなっている状態)があったんでしょうか」

証人「そう考えられます」

 法廷で専門用語が飛び交うが、裁判員は熱心にメモを取っている。

弁護人「殺害行為をしているときの精神状態はどうだったんでしょうか」

証人「意識野の狭窄状態です。美保さんの家に入り、美保さんの殺害を考えていましたが、言葉は悪いですが、それを妨害するものとして芳江さんが登場して、ある種のパニック状態に陥った」

「何かに集中しているときに邪魔が入ると動揺してしまうという、事件はそんな簡単なものではありませんが、それの大きなことです」

弁護人「芳江さんに対する攻撃が激しいことについてはどう考えられますか」

証人「情動の爆発でメッタメッタにしていると言えます」

弁護人「被告の行為から見てもそう考えられますか?」

証人「もともとあった一定の目的であれば、そこまでしないといけないことはないのに、芳江さんへの攻撃は意識野の狭窄での行動と言えます。言葉は非常に悪いですが、芳江さんが妨害に入ることで情動が爆発したという考えが合理的です」

 事件当日は、通常の精神状態ではなかったと証言する精神科医。江尻さんを殺害するという考えに集中するあまり、対応した鈴木さんが“邪魔なもの”として映り、鈴木さんへの攻撃が激しくなったと説明する。

弁護人「被告は美保さんに攻撃を加えていますが、美保さんが抵抗していて、犯行途中に攻撃をやめていることに関してはいかがでしょうか」

証人「意識野の狭窄が解けた状態と言えます。我を失った状態から我に返った状態と言えるでしょう」

弁護人「我に返る前は事の重大さに気づけなかったんでしょうか」

証人「情動行為というのは一定の長い期間で恨みなどの感情、恋愛感情が続いていて、何らかの情動の爆発がある。今回の事件はその典型例とも言えます。情動行為の行為者は主体的に判断することができなくなっています。強い緊張状態です。バケツに水が一滴落ちるとはじけるようなイメージです。一連の状態から犯行様式を考えると、そのときにきちんと判断できる余裕はなかったと思います」

弁護人「被告が事の重大さに気づくのは病院に行ってからなのですが、間が空いているのはなぜでしょうか」

証人「情動行為では余波があります。一度は緊張状態から解けますが、困惑状態という余波が出ます。余波の後しばらくしてから、大変だということに気づきます」

 裁判員は、林被告の精神状態が正常ではなかったという精神科医の意見について、真剣な表情で聞き入っている。時折、考え込むような様子の裁判員も見られた。林被告は開廷当時と変わらず、下を向いたままの状態だ。

弁護人「そういう状態にあったため、美保さんを救護することができなかったのは仕方がないことなのでしょうか」

証人「軽い困惑状態が続いている状態なので仕方がなかったと思います」

弁護人「事件当時の被告の精神状態はどうだったんでしょうか」

証人「それは私が言っていいのか分かりませんが…」

 精神科医の男性が言葉を濁しながらも当時の状態について説明を始めた。

⇒(3)殺意の芽生えは犯行前日?「十分な時間取れなかったので…」鑑定でも定まらぬ瞬間