第5回公判(2010.10.25)

 

(11)「唯一の憩いの場を奪われどんな気持ちになるか」…情状を強調する弁護人

犯行現場

 約30分の休廷を挟み、公判が再開された。耳かき店店員、江尻美保さん=当時(21)=ら2人を殺害したとして、殺人などの罪に問われている元会社員、林貢二被告(42)が入廷し、弁護側の最終弁論が始まった。弁護側は、裁判員らに資料を配布。男性弁護人が最終弁論の朗読を始めた。

弁護人「裁判員のみなさん、連日裁判に参加され、疲れていると思いますが、弁護人の意見をお聞きください。この事案は、死刑が適当か否かが争点です。弁護人は死刑にはすべきでないと考えます」

 弁護人は、事件の発端が、被告が耳かき店への来店を拒否されたことに始まると指摘した。

弁護人「来店拒否に思い当たる理由がなければ、楽しい時間を失いたくないと思うのは当然です」

 弁護人は、来店拒否をめぐり林被告と江尻さんがやりとりしたメールの内容などに触れ、「信じ切っていた美保さんの態度が急に変わって頭が回らなくなったことなど、理解できる部分はないか」と問いかけた。

弁護人「被告は必ずしも自分勝手なだけの人間ではないのです。店での楽しい時間、よくしてくれた美保さんなのになぜ来店拒否になったのか分からない。それが出発点であり、最後まで影響していると思います」

 弁護人は、林被告が店で禁止されていた店外での食事にしつこく誘ったことから出入り禁止にされたとの検察側の主張に矛盾があると指摘した。

弁護人「美保さんは、出入り禁止になる4月5日の開店前、店長に「(林被告が)予約を長時間入れるから困っている」と相談しています。店外での食事に誘われていることを相談したという証拠はありません。店外での食事に誘ったことが原因だという検察側の主張には根拠はありません」

 林被告は下を向いたまま弁護人の朗読に耳を傾けている。

弁護人「店外の食事に誘い、断られても聞き入れず誘い続け、来店拒否になったというのは、証拠に基づかない誤った主張です」

 弁護人は、改めて出入り禁止になる経緯を振り返った。林被告は平成20年7月15日に、秋葉原駅で美保さんと出会ったことを「待ち伏せされた」と疑われたことを機に、いったんは耳かき店に通うのをやめたが、美保さんが「元気かな」と林被告にメッセージを送り、再び通うようになったことなどを説明。これは翌年に言い渡された来店禁止の理由にはならないと主張した。

弁護人「証人に立った元同僚の○○さん(法廷では実名)の、『店外で待ち伏せされるより、店内で会うほうが安全だからだった』という証言は不合理です」

 弁護人は、美保さんはこの時点ではストーカーになる不安は持っていなかったと主張する。不安を持っていたのなら、その後の行動の説明がつかないというのだ。

弁護人「被告が美保さんに言った『手をにぎらせてほしい』というのも、ハンドマッサージのあと、手を握りあったままにしてほしいということで、出入り禁止の理由にはなっていません」

 江尻さんが土日の午後5時以降を林被告のために空けておくようにしていたことなどを挙げ、「林被告が来店拒否の理由が分からないということも、理解できる」と述べた。

弁護人「被告は美保さんとの時間を幸せに過ごしていました。友人のように接してもらい、うれしく思っていました。美保さんも、被告を上客として扱っていたのは明らかです」

「これといった理由もなく拒否されたので、悩んでしまうのも理解できることではないでしょうか。唯一の憩いの場を奪われどういう気持ちになるのか、ご理解いただきたい」

 美保さんの気持ち、来店拒否された理由を知りたいと思っていたという林被告。この事件で、出入り禁止になる理由を思いつかなかったことは理解できることだと弁護人は繰り返した。

弁護人「被告と美保さんは普通の関係ではなく、美保さんは指名料込みで1時間5800円で耳かきと簡単なマッサージなどのサービスを提供する接客嬢と客という関係です。美保さんは多いときで、月約65万円報酬を受け取っていました」

 元同僚の○○さんは、江尻さんが被告を「人の話でいいことしか聞かない困った人だ」と言ったという証言があるが、平日は仕事に専念してストレスを抱え、週末は癒しを求めて来るのだから当然に許されると訴えた。

弁護人「結局、検察側は公判で、美保さんから拒まれた理由や、美保さんの気持ちを具体的に明らかにしていません。被告は、美保さんとの関係について『作り上げられた信頼関係』だと証言しています。これは被告の情状にとって極めて重要な事実です」

 続いて弁護人は、被告が殺意を抱くようになった過程を説明した。被告が長時間にわたり耳かき店に入り浸るようになった経緯に触れ、被告が店に月約30万円をつぎ込んでいたことや、美保さんも決して嫌々ではなかったなどと主張した。

弁護人「被告は普段、まじめでクールで感情を表に出さず、決して思いつきで行動はしない。また完治の見通しがつかない膠原(こうげん)病になったことで結婚を考えなくなるなど、女性との関係で自分を抑制する性格も持っています」

 弁護人の推測として、被告と美保さんの関係は、店の中だけの接客嬢と客との関係に限定された恋愛感情だったと指摘した。

弁護人「また、被告は美保さんに『付き合ってほしい』とは言っていません。一貫して『店に行きたい』と言い続けているだけです」

 裁判員は一様に手元の資料を繰りながら真剣な表情で最終弁論に聞き入っている。

⇒(12)「自分の命で償うしか」「逃げず問い続けていかなければ」…最後まで揺れる思いを吐露する被告