第4回公判(2010.9.9)

 

(7)「到着時、女性は『社会死状態』」 現場に臨場の救急隊長が証言

田中さん

 保護責任者遺棄致死など4つの罪に問われた元俳優、押尾学被告(32)の裁判員裁判第4回公判。午後1時15分、山口裕之裁判長が法廷の再開に先立ち、傍聴席に向けて「録音・録画ができるものを有していた場合は、直ちに身体を拘束します」と厳しい口調で注意事項を述べた。刑務官に付き添われて入廷した押尾被告は、続いて法廷に入ってきた裁判員らに深々と頭を下げた。

 山口裁判長に促され、証人の中年男性が入廷した。白いシャツに黒いズボン姿で、偽証をしないという宣誓書を読み上げる。男性については検察側、弁護側の双方が証人請求をしており、まず男性検察官が質問に立った。

検察官「まず、あなたの現在の立場を教えてください」

証人「東京消防庁赤坂消防署に勤務しています。平成20年10月1日からなので、赤坂消防署には1年10カ月勤務しています」

検察官「階級などは?」

証人「消防司令補です。主任の立場で、現在、救急隊長をしています」

 証人は22年以上にわたり、救急隊員として活動しているという。

検察官「あなたは昨年8月2日午後9時過ぎ、六本木ヒルズレジデンス2307号室(法廷では実際の部屋番号)に出動されましたね?」

証人「はい」

 2307号室は、飲食店従業員、田中香織さん=当時(30)=が押尾被告と一緒に合成麻薬MDMAを使用し、死亡した部屋だ。

検察官「119番通報を覚知したのは何時ですか」

証人「えーと、21時…」

 硬い口調で答える証人に、男性検察官は「緊張しないで」と語りかけた後、「記録では21時19分覚知、21時20分出動、21時28分現場到着となっていますね?」と確認した。

証人「記録の通りでございます。緊張してしまいまして…」

検察官「覚知から(現場到着まで)約9分かかっていますが、いつもこのぐらいなんですか」

証人「以前、3件ほど出動しましたが、もう少し早く現着していました。このときは若干、アクシデントがありましたので…」

検察官「アクシデントとは?」

証人「本来、(六本木ヒルズは)警備員の案内がある建物なのですが、この日は案内がなく、独自にBC棟の車寄せに(救急車を)止めようとしましたが、屋根が低く、車両のアンテナにあたりそうだったため、他の場所を探すなどで時間にロスがありました」

検察官「現着時刻は、記録されるのですか」

証人「はい。車両に装備されているAVMという装置のタッチパネルを押すと記録されます」

 ここで、法廷内の大型モニターに現場マンションの地図が映し出された。 検察官が、「どこから入ったのですか」と尋ねると、証人が地図を指さした。

検察官「(マンションの)フロント近くまで行ったということですか」

証人「いいえ。屋根があり、入り口のところで断念しました。(車両を)降りて確認したのですが、(上部についた)2本のアンテナが屋根に接触する危険があり、スロープを逆送して戻りました」

検察官「結局、車両はどこに止めたのですか」

証人「C棟の警備員室側にあるトラック寄せです。このときは警備員の案内がありました」

検察官「このアクシデントでの時間のロスはどのくらいでしたか」

証人「約3分ほどロスがあったと思われます」

 緊張も解けたのか、証人はよどみなく質問に答えていく。検察官は、証人が過去に3回、現場マンションに出動した際、現着までにかかった時間について尋ねた。

検察官「過去3回は、どのくらい時間がかかりましたか」

証人「資料を見たら、だいたい5〜6分で到着していました」

 ここで検察官は、「赤坂消防署長からの回答」という弁護側請求の証拠を、証人に提示した。この書類によると、昨年2月7日は午後9時39分に覚知して同45分に現着。3月8日は午後4時49分に覚知して同55分に現着。翌9日は午前5時45分に覚知して同54分に現着しているという。

検察官「3月9日も現着までに9分かかっていますが、このときも何かアクシデントがあったんですか」

証人「特にないと思います」

検察官「どこに誘導されるかで、このぐらいの時間になることもあるということですか」

証人「はい」

検察官「また、病院に着くまでの時間を見ると、2月7日が約51分、3月8日が約35分、3月9日が約37分と、かなりかかっていますが?」

証人「これは病院を決定するまでの時間によるためです。この3件はいずれも2次救急ということで、重症とまではいかないが、入院するかもしれないという事案でした。救急隊はまず、(患者の)かかりつけの医療機関に問い合わせ、断られるとまた別の医療機関を探す、という手順を踏みます。さらに重症ということになれば、変わってきますが…」

検察官「さらに重症というのはどういう状態ですか」

証人「3次救急ということです」

検察官「3次救急の場合、119番通報を覚知してから救命救急の医師に患者を引き渡すまで、どのくらいの時間がかかりますか」

証人「私は(3次救急の患者を搬送する)救命救急センターのある地域でしか勤務した経験はありませんが、だいたい30分以内で到着できます」

検察官「23区内に、救命救急センターはどのくらい分布していますか」

証人「大学病院はだいたい3次救急ですから…。文京区などは集中しています。新宿区、中央区、港区などはどこからの移動でもだいたい15分以内で(救命救急センターに)着けると思います」

 事件当日、現場のマンションに駆けつけたという証人。検察官は、当時の状況についても確認していく。

検察官「マンションの部屋に到着し、田中さんの遺体を確認しましたね?」

証人「はい」

検察官「到着したとき、死んでいることが明らかな場合、どんなことをするのですか」

証人「死亡確認事項というのが定められていますので、それを確認します。社会死状態と判断されると、警察への通報と現状保存を行います」

 「社会死」とは、医師が判断するまでもなく、誰が見ても死亡している状態のことだ。押尾被告は机の上にノートを広げ、やり取りに聞き入っている。

検察官「現場に第三者は入れないということですか」

証人「はい。ただ、そこにいた人間を確保するのはわれわれの職務ではないので、移動は制止できません」

検察官「到着時、部屋には何人いましたか」

証人「私が確認したのは1人ですが、別の隊員は2人いたと言っていました」

検察官「その人物に事情聴取をしましたか」

証人「はい。事情聴取と言っても、119番通報した理由や状況についてですが」

検察官「どんな話が出ましたか」

証人「最初に会った方は『後から来たので分からない』ということでした。その方は119番通報した方ということでした。その方に、女性が社会死状態であると説明した後、別の方に聴いたところ、『(女性は)顔見知りだが、知らない人。詳しい者がもう1人いる』と言われました。後から来た人にも状況を聴くと、『(午後)4時ごろ部屋に入ってきた。顔見知りだった。寝室に入ったが、あまりに出てくるのが遅いのでのぞいたら倒れていて、救急要請をした。詳しいことは分からない』と言われました」

 現場にいた人物はいずれも「分からない」と繰り返したという。押尾被告の元マネジャーは、第2回公判で「押尾被告に『うまく説明しておいてくれ』と言われ、救急隊員にうその説明をした」と証言している。

検察官「女性に死後硬直はありましたか」

証人「確認しました」

⇒(8)「首の後ろに強い死斑」「体温、非常に冷たい」… 女性の状態を生々しく証言する救急隊長