初公判(2010.9.3)

 

(5)「調書は検察のストーリー」と批判する弁護人 「死亡まであっという間」

押尾被告

 引き続き、弁護側の冒頭陳述が続く。元俳優、押尾学被告(32)はうつむき加減のまま、ほとんど表情を変えず前を見据えている。弁護人は、合成麻薬MDMAを一緒に飲んで容体が急変し、死亡した田中香織さん=当時(30)=の救命可能性について、検察側への反論を繰り広げていく。

弁護人「田中さんの容体が変化し、死亡するまではあっという間で、急死の所見が出ています。また、MDMAはかなりの高濃度でした」

 弁護人はさらに、119番通報から救急車による搬送までかかる時間についても反論する。

弁護人「(事件のあったマンションでは)赤坂消防署の過去3件の出動時間は119番から搬送まで平均40分かかっています。麻布消防署でも、同様に40分かかっており、過去のデータから見ても救命は極めて難しかったと言わざるを得ない」

 続いて、弁護人は田中さんの容体の変化から死亡に至る経緯について、「検察側の主張の問題点」を指摘する。

弁護人「検察側は、田中さんの容体が変化し、重篤な症状になった時間については押尾さんの供述を信用するのに、死亡した時間については、押尾さんの供述を信用していません」

「また、検察側は押尾さんの電話の内容から、田中さんの死亡時刻を午後6時47分から53分ごろと認定しています」

「第三者に言った時間が死亡時刻となるのなら、押尾さんが『夜の12時に田中さんが死亡した』と話せば、それが事実になるのでしょうか。認定は客観的証拠によるものであるべきです」

 傍聴席から見て右から2番目の男性裁判員は、手元のモニターと押尾被告を交互に見つめながら厳しい表情をみせる。うつむいたままの押尾被告は、前を見据えたままだ。

弁護人「次に救命可能性について反論します。検察側は119番から病院への搬送までについて、実験結果などから19〜22分としています。しかし、先ほど示した赤坂と麻布消防署のデータでは、平均40分かかっています。あらかじめ、実験があると分かっていれば、実際の出動時間よりは早くなります」

「また、検察官の主張する容体の変化や死亡時刻、救急の実験結果に基づいても、救命の可能性は低い」

 左から2番目の男性裁判員はほおに手をそえ、モニターに見入っている。

 傍聴席から見える大型モニターには、医師から聴取した救命可能性の報告書の内容が示されている。午後5時50分に通報があり、6時40分ごろ死亡した場合、救命可能性は60%。さらに、6時通報で6時40分に死亡なら40〜50%、5時50分通報で6時20分死亡であれば30%、6時通報で6時20分死亡なら10〜20%と可能性は低くなるという。

弁護人「また、部屋には時計がなく、押尾さんも腕時計はしておらず、押尾さんに正確な時刻の認識はありませんでした」

「田中さんがブツブツと独り言を話し、死亡するまでの時間については数分から10分程度と認識しています。さらに、押尾さんは心臓マッサージを試みてからしばらく呆然(ぼうぜん)とし、その後に知人に電話しています」

 うつむいたまま、ほとんど表情に変化がない押尾被告。弁護人はさらに、押尾被告の供述調書が「検察側のストーリーを押しつけられ、無理やり作られた」と主張する。

弁護人「押尾さんは昨年逮捕され、今年1月4日に再逮捕されましたが、その間、年末年始を挟んで連日、長時間の取り調べを受けました。さらに、検察官は押尾さんの味方のふりをして、押尾さんの認識とは違う調書にサインさせました」

「押尾さんは自ら薬物を抜くためにマンションを離れました。また、田中さんの持ってきたMDMAを(友人の)泉田(勇介受刑者)さんに処分させました」

「しかしながら、『保護責任者遺棄致死』については、田中さんが死亡するまでの押尾さんの行動で判断するもので、押尾さんの死亡後の行動は判断の対象とするものではありません」

「また、最初にも申し上げましたが、マスコミ報道の印象についても、払拭(ふっしょく)していただきたいのです」

 弁護人は、裁判員の方を見やり、“先入観”を排除するよう繰り返した。

弁護人「さらに、検察側は押尾さんが(合成麻薬の)TFMPPをアメリカで50個購入し、その残りをサプリメントボトルに混入し、先に帰国した知人に持たせたと主張しています」

「しかし、このカプセルは昨年5月、(日本で開かれた)泉田さんの誕生パーティーで、泉田さんから押尾さんがもらった残り物です。そもそも、押尾被告が薬物をわざわざ日本に持ち込むようなことをするでしょうか」

 押尾被告は一瞬、視線を弁護人の方に上げる。その後、再びうつむくと、固い表情をみせた。

弁護人「押尾さんは昨年、MDMAの使用により、判決を受けています。前回の判決で、押尾さんの違法薬物との親和性については、量刑に反映済みであり、本来なら執行猶予3年が相当であるところ、5年とされました」

「また、押尾さんは保釈されず、身体的拘束は9カ月に及んでいます。さらに、社会的信用は失墜し、非常に厳しい制裁を受けているといえます」

 弁護側は量刑について保護責任者遺棄致死罪については無罪、薬物の所持についても執行猶予付きの判決を求めた。

 ここで、弁護側の冒頭陳述は終了。山口裕之裁判長が公判前整理手続きを経た検察・弁護側双方の争点について改めて説明する。

裁判長「本件では、証拠調べのほか、19人の証人と被告人への質問を行います。それでは、ここで30分の休憩をはさみたいと思います」

 休廷を宣言する山口裁判長。押尾被告は深々と頭を下げて一礼すると、席に腰をおろし、弁護人と言葉を交わしながらしきりにうなずいていた。

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