第4回公判(2010.11.30)

 

(5)「感謝されこそすれ、恨まれる理由何一つなかった」 犯行を厳しく非難する検察官

献花台

 約1時間45分の休憩後、6人の裁判員と補充裁判員2人が入廷したのを確認すると、午後1時半、今崎幸彦裁判長が再開を告げた。中央大学理工学部教授の高窪統(はじめ)さん=当時(45)=を刺殺したとして殺人罪に問われた中央大学卒業生で元家庭用品販売店従業員、山本竜太被告(29)は、白いタートルネックのセーターに黒いズボン姿で、被告人席に座っている。

 今崎裁判長が「それでは、双方からご意見をうかがいます。検察官からどうぞ」と促すと、女性検察官が裁判員らと向き合う位置に立った。「お手元のペーパーに要旨を載せていますので、ご参考になさってください」と裁判員らに断り、説明を始めた。

検察官「この事件は、中央大学の卒業生である被告が、恩師の高窪さんの殺害を計画し、中央大学のトイレで、刃物を何度も突き刺し、殺害したという事件です。この事実について、検察官、弁護人は争っていませんし、検察官はこの法廷に提出された証拠で立証十分と考えています。また、被告が当時、妄想性障害にかかり、心神耗弱状態にあったことについても、争いはありません」

「争点は、被告が心神耗弱状態にあったことを前提として、被告にどのような刑罰を科すかという点です」

 「検察官が特に考慮すべき事情と考えているものを説明します」として、女性検察官は続けた。

検察官「一つ目は、高窪さんの生命を奪った結果が重大で、高窪さんが殺されなければならない理由は何もないということです」

 検察官は、高窪さんが将来を嘱望された新進気鋭の研究者であるとともに、学生から尊敬を集める教育者でもあったと指摘。「私生活では、妻子、実母とともに幸福で穏やかな生活を送っていた」とも述べた上で、続けた。

検察官「しかしながら、高窪さんは被告の凶行により、45歳の若さで生命を奪われました。人の生命は地球よりも重いといわれます。高窪さんの生命を奪った結果が重大であることは言うまでもありません」

 研究室を休みがちだった山本被告のことを案じた高窪さんが「山本君をなんとか卒業させたい。でないと、彼の人生プランが変わってしまう」と漏らしていたこともあったという。検察官は「高窪さんは被告から感謝されこそすれ、恨まれる事情は何一つなかった。恩師とも言える高窪さんを一方的に惨殺した、理不尽極まりない事件」と犯行を厳しく非難した。

検察官「二つ目は、遺族感情が峻烈(しゅんれつ)だということです」

 高窪さんの母親は、書面での意見陳述で「もう一度、統に会いたい。もっともっと話をしたかった。統が一体何をしたというのですか。こんなひどいことをした犯人が社会に戻ってきたら、またむごいことをするのではないか。絶対、許せません。極刑を望みます」と、遺族感情をぶつけている。

検察官「高窪さんの死は大勢の人の心に深い悲しみを残したのです。こうした点も、刑を考える上で考慮すべきだと考えています」

 続いて検察官は、3点目として執拗(しつよう)な犯行であったことを挙げた。

検察官「被告は刈り込みばさみを片刃にして切っ先を磨き、殺傷能力を上げた身震いするような恐ろしい凶器を自作しており、強い殺意が伺えます」

「高窪さんのご遺体には、47カ所の刺し傷や切り傷がありました。このうち24カ所は肺や大動脈、心臓を傷つけていました。また、8カ所は(背中から)体の前面まで貫通し、コンクリートまで傷つけていました」

「被告は無防備で逃げようとする高窪さんに対し、殺傷能力の高い凶器を繰り返し突き刺しました。執拗で残虐極まりない犯行です」

 また、高窪さんの手のつめから検出されたDNA型が山本被告のものと一致したことが、逮捕の決め手になったことにも言及。「高窪さんは恐怖と苦痛の中、最後の力を振り絞って、犯人の痕跡を体の中に残したのです」と、裁判員らにたたみかけた。

検察官「四つ目は、周到な準備を行い、すぐに証拠隠滅を図った点です」

 検察官は、山本被告が7回にわたってキャンパスを下見し、イメージトレーニングのために現場を写真や動画に収めていたことなどを例に挙げ、犯行の計画性の悪質さを強調した。

検察官「被告は約8カ月前から入念に準備し、計画通りに殺害を行いました。犯行後は、自首する選択肢もあったはずなのに、徹底して証拠隠滅を図ったのであり、卑劣で悪質です」

 5点目として社会的な影響の大きさを挙げた後、検察官は事情の6点目として「一方的な思い込みに基づく身勝手な動機は、妄想の影響があったとしても強い非難に値する」と説明した。

 これまでの被告人質問で山本被告は、見知らぬ人に話しかけられるなどの嫌がらせが事件前に続いていたとし、「自分を監視する団体のトップである高窪教授を殺害すれば、これらの出来事の首謀者が分かると思った」と動機を説明していた。

検察官「被告がこのような考えを抱いた背景に妄想の影響があったとはいえ、意思が妄想に完全に支配されていたわけではなく、被告は自分の行動をコントロールすることができました」

 山本被告の精神鑑定をした医師は法廷で「妄想が大きな影響を与えたが、行動のすべてに強く影響を与えていたとはいえない」と証言していた。

検察官「被告は入念な計画に基づく周到な準備を行い、証拠隠滅も図っています。犯行の前後にとった行動は、精神障害のない人が行う計画殺人と何一つ変わりありません。被告の抱いていた妄想は、訂正困難で深刻な精神障害に基づくものではありません」

「被告は妄想を抱きながらも、高窪さんを殺害しない選択も可能でした。しかし、高窪さんを殺害したのです。(精神)鑑定人の証言からも明らかなように、被告は殺人という行為の意味を理解していたにもかかわらず、『嫌がらせをされたからやり返す』という身勝手な理由で殺害したのです」

 ここで検察官は、(1)犯行当時、心神耗弱状態だった(2)前科前歴がない(3)逮捕後は罪を認めている−という、山本被告に有利な事情についても言及。今回の事件で科すことのできる刑を説明した。

検察官「本来、殺人罪の刑罰は(1)死刑(2)無期懲役(3)5年以下の有期懲役−です。刑法は心神耗弱の場合、刑を減軽しなければならないと定めています。減軽をすると、(1)を選択した場合は、無期懲役または30年以下の有期懲役。(2)を選択した場合は、7年以上30年以下の有期懲役。(3)を選択した場合は、2年6月以上10年以下の有期懲役となります」

 「つまり、科すことができるのは、無期懲役または2年6月以上30年以下の有期懲役となります」と、検察官がまとめた。6人の裁判員らは、山本被告や検察官に視線を向けている。

⇒(6)表情一つ変えず求刑を聞く被告 最後の陳述でも「特にないです」