第4回公判(2010.11.30)

 

(1)社会復帰後は「司法試験を受けて弁護士として働きたい」

現場

 中央大学理工学部教授の高窪統(はじめ)さん=当時(45)=を刺殺したとして、殺人罪に問われた卒業生で元家庭用品販売店従業員、山本竜太被告(29)の裁判員裁判第4回公判が30日午前、東京地裁で始まった。遺族による意見陳述の後、午後に検察側による論告求刑が行われる。

 山本被告は24日の初公判で、「(間違いは)なかったです」と起訴内容を認めた。検察、弁護側に「犯行当時、山本被告は妄想性障害にかかり、心神耗弱状態だった」という点で争いはなく、争点は量刑のみに絞られている。

 前回まで2回にわたった被告人質問で山本被告は、事件前に自分に対する嫌がらせが続いていたとし、「自分を監視する団体のトップである高窪教授を殺害すれば、これらの出来事の首謀者が分かると思った」と動機を語った。

 嫌がらせに高窪さんが関与していた可能性については「50%程度だと思う」と、今も半信半疑であるとしながらも、遺族に対しては「大切な人を奪ってしまい、申し訳ないと思います」と謝罪。山本被告の精神鑑定を行った鑑定医は「妄想が大きな影響を与えたが、行動や考えのすべてに強く影響を与えていたとはいえない」との鑑定結果を説明した。

 論告求刑に先立ち、午前中に行われる遺族の意見陳述では、高窪さんの遺族は出廷せず、書面を代読する形が取られる。家族の命を突然、奪われた遺族の無念を一般人である裁判員らはどう受け止めるのか。プロの裁判官でも判断に悩む心神耗弱状態での凶行が問われているだけに裁判員らの判断に注目が集まる。

 これまでの公判と同様、法廷は東京地裁最大の104号法廷だ。午前9時59分、山本被告が向かって左の扉から姿を見せた。

 白いタートルネックのセーターに黒いズボン姿。弁護人の右隣の席に着くと、男性弁護人が近づき、小声で話しかけてきたのに対し、「あー、はい」などとうなずきながら聞いている。やりとりはしばらく続き、弁護人は山本被告の肩をたたくと、自分の席に戻った。

 続いて男性3人、女性3人の裁判員らも入廷し、午前10時2分、今崎幸彦裁判長が開廷を告げた。

裁判長「それでは、開廷いたします」

「少し被告にお尋ねしたいことがあり、被告人質問を行います。被告は前にきて座ってください」

 まず、傍聴席から向かって右側の男性裁判官が質問を始めた。

裁判官「少し補足して聞きたいことがあります。あなたは逮捕後、どう考えて過ごしてきましたか」

山本被告「どのようなことを考えてきたということですか」

裁判官「そうです」

山本被告「教授のご遺族、息子さん、娘さんはどうしているのか。学校にちゃんと通っているのか。どういう気持ちで過ごしているのか考えて過ごしてきました」

「裁判になれば、どんなことを聞かれるのか。ちゃんと答えられるのかということも考え、過ごしてきました」

 山本被告は一言ひとことはっきりした口調で答えていく。

裁判官「人生で一番つらかったことは何ですか」

山本被告「特にはありません」

裁判官「この裁判になった事件のことは怒りを感じなかったの?」

山本被告「一番怒りを感じました」

 裁判官の質問にオウム返しに答えているようだ。

裁判官「誰でも腹をたてることはありますが、ほかには?」

山本被告「中学のとき、クラスメートからいじめを受けたときです。中学生活でいじめを受けたとき、一番怒りを感じました」

裁判官「あなたが一番頼りにしている人は?」

山本被告「両親です」

裁判官「お父さん、お母さんのどちら?」

山本被告「お父さん、お母さんの両方です。どちらか一方ではありません」

裁判官「将来、社会復帰して、したいことはありますか」

山本被告「逮捕されるまで司法書士の勉強をしていましたが、司法書士の試験を受たいです。将来は司法試験を受けて弁護士として働きたいです」

 これまでの裁判で山本被告が司法書士の勉強をしていることが明らかになっていたが、将来の夢は弁護士だという。この裁判も影響しているのか。

裁判官「二度とこのような事件を起こさないためにしたいと考えていることは?」

山本被告「人間関係を築きたいです。社会復帰したら、弁護士の先生にアドバイスを受け、カウンセリングが必要なら甘んじて受けたいです」

 次に今崎裁判長に促されて右から3番目に座る眼鏡をかけた若い女性裁判員が質問を始めた。

裁判員「自分がどんな人間で、どんな性格と考えていますか」

 女性裁判員は用意したメモと山本被告を交互に見ながらゆっくり質問した。

山本被告「自己分析すると、ものごとを一方的に考えてしまう。一言でいって頑固。一度決めると思い込んでしまう性格です」

裁判員「精神鑑定医から疑い深い、妄想性障害があると診断されて、どう思いましたか」

山本被告「よく性格を分析されていると思いました。妄想性障害にかかっていることも受け入れています」

 ここで弁護人が「よろしいですか」と裁判長に許可を取り、「自分が会いに行けば、会ってくれるか」「鑑定した精神科医のカウンセリングを今後も受けるか」と確認し、山本被告は「はい」と答えた。

 次に一番左端に座る女性裁判員が質問した。

裁判員「事件から時間がたって変化はありましたか」

山本被告「変化はあったと思います。しゃべる回数が増えました。逮捕前はアルバイト先の人ともほとんど話すことはありませんでしたが、警察官や弁護士の先生と冗談交じりで話すこともあり、話すことが増えました」

 代わって男性裁判員が質問する。

裁判員「被告人質問で、いまは高窪さんの殺害以外に方法があったと思うとおっしゃりましたが、食中毒や盗聴のことを勇気を持って質問すればよかったという意味ですか」

山本被告「そうです」

 山本被告は、飲み会で食中毒にかかったことや誰かが盗聴をしていると考え、次第に高窪さんへの疑念を募らせていった。

裁判員「被告はよくパーセンテージを使って表現しますが、殺害以外の方法の方がよかったと考えるパーセンテージは?」

山本被告「80%ほどです」

裁判員「もしあの世で高窪教授に会えたらいい関係を築きたいとのことでしたが、間違いありませんか」

山本被告「間違いないです」

裁判員「あの世で高窪教授にまずしたいことは?」

山本被告「仕事のことでアドバイスをいただきたいです」

裁判員「謝罪ではないのですか」

山本被告「あっ、アドバイスの前に一言、申し訳ないことをしてしまったと謝罪したいです」

裁判員「ご遺族におっしゃりたいことは?」

山本被告「遺族の方が圧力団体の可能性は低いと考えますので、このような結果を招き、申し訳ございませんでしたと話したいです」

 ここで今崎裁判長が質問に入る。今崎裁判長は、逮捕から警察官や検察官の調べがあり、今回の裁判が裁判官と裁判員が処罰を決めるプロセスであることをきちんと理解しているのか確認する。

裁判長「この裁判のプロセスについては分かるね?」

山本被告「はい」

裁判長「嫌がらせは圧力団体によると疑っているわけだね。この裁判官と裁判員が圧力団体の仲間という思いはないのですか」

山本被告「はい。…10%ほどは残っています」

裁判長「それに理不尽さは感じないの。裁判官、裁判員に圧力団体が混じっていたら怒りは感じない?」

山本被告「…」

 山本被告が動機を「圧力団体の嫌がらせ」を疑ったこととしているため、今崎裁判長は「圧力団体」について詳しく聞いていく。

裁判長「(圧力団体が)いるのか、いないのか分からない?」

山本被告「はい」

裁判長「圧力団体が混じっていても判決は素直に受け入れる?」

山本被告「圧力団体が(混じって)いるという気持ちは10%ほどなので、素直に受け入れたいです」

裁判長「あなたを説得しようとしているのではないのです。正直に答えて。圧力団体がいる疑いはある?」

山本被告「疑いは残っています。やはりまったく圧力団体がいないとは考えられないので、そういう方に裁かれるのであれば、怒りの気持ちや、怖い気持ちがあります」

裁判長「まだ圧力団体から嫌がらせを受けているという気持ちから抜け切れないんだね? ここにいるかどうか分からないから今の答えになるんだね」

山本被告「はい」

 今崎裁判長は質問の終了を告げ、検察側に証拠調べを始めるように促した。女性検察官が高窪さんの経歴について読み上げていく。

検察官「高窪教授が学生らに伝えた一言です。『自分の中に築き上げた無形の財産はバブルがはじけても失うことはありません』。高窪教授は、研究における心得について学生らにこう伝えていました」

 女性検察官の読み上げが続く。山本被告はまっすぐ前を見据えたまま、まばたきを繰り返していた。

⇒(2)「殺されたのは、ケネディ大統領にちなんだ名前つけたから?」教授の母の無念は…