Free Space

(4)「あなたが戻ってこられる世界はない」顔を上下させる加藤被告

加藤智大(ともひろ)被告(27)が運転するトラックが、現場の交差点へ突入するのを目撃したという男性証人。トラックを降りた加藤被告は証人の横を走って通り過ぎ、付近にいた通行人らを次々と刺したとされる。証人は恐怖の瞬間を振り返った。

検察官「そのとき、2の場所にいた人物は何をしたと思いましたか」

証人「数秒のことでしたが、人を刺したんだと思いました」

法廷内の大型モニターに映し出された現場付近の地図には、1、2、3という数字が書き込まれている。加藤被告の移動経路を示しているようだ。

検察官「あなたのいた位置からは、男の手元はやや見にくいですね?」

証人「はい」

検察官「男は手に何を持っていましたか」

証人「それは見てないですね。はい」

証人は当時、交差点にある大型電器店前の歩道を歩いていたという。

検察官「そのとき、周囲はどんな様子でしたか」

証人「もう、クモの子を散らすように、みんな逃げていきました」

証人のすぐそばにある長いすに座った加藤被告は、右脇腹のあたりを手でさすっている。時折、細かく瞬きをするものの表情は変わらない。

検察官「あなたはどんな気持ちでしたか」

証人「体が震えるというか…。もうガタガタして。呆然(ぼうぜん)としました」

検察官「何が起きてると思いましたか」

証人「最初は(交通)事故だと思ったんですが…。通り魔殺人事件が起こったんだと思いました」

証人は恐怖をかみしめるように、「犯人がすぐ横を通っていったので、僕も刺されてもおかしくなかった」と言葉を続けた。

検察官「その後、あなたは移動しましたね?」

証人「(当時立っていた場所からは)犯人は見えませんでしたが、どこにいるか分からないので移動しました」

検察官が地図に、証人の移動経路を矢印で書き込む。証人は電器店の裏側に回り込むように移動したようだ。

検察官「そこにも倒れている人がいたのですね?」

証人「はい」

検察官「何人いましたか」

証人「3人です」

検察官「倒れていたのは車道ですか」

証人「はい」

検察官「ここに倒れていたという男性の様子はどうでしたか」

証人「もう、血まみれで倒れていました。ぐったりした様子でした」

検察官「女性の様子は?」

証人「顔が蒼白(そうはく)で、ぐったりしていました」

検察官「(別の)男性は?」

証人「一緒にいた女性の方が、声をかけていました」

検察官「それを見てどう思いましたか」

証人「もう大変なことが起きたと思ったし、自分も危なかった」

検察官が「この人たちは誰にやられたと思いましたか」と尋ねると、証人は右側に座った加藤被告に一瞬視線を移した後、「眼鏡をかけた、横を通り過ぎていった男だと思いました」と答えた。

検察官「あなたは歩道にいたから助かったのですね」

証人「はい」

検察官「事件後、あなた自身への影響はありましたか」

証人「しばらく寝ているときに目が覚めたりしました。あと、音楽プレーヤーを聴いているときにこの事件にあったため、しばらく音楽プレーヤーが聞けなくなりました」

検察官「それはなぜですか」

証人「(音楽を聴いていて)外の音が聞けないのが、すごく不安になるからです」

検察官「最後に言いたいことはありますか」

証人「はい。被告に対しては厳しい裁判結果を出していただきたいと思います」

さらに、証人は少しためらいがちに「え…あの…」と言いながらも、加藤被告をじっと見つめ、ゆっくりと続けた。

証人「どんな裁判結果が出ても、あなたが戻ってこられる世界はありませんので。そのことを理解してください」

加藤被告は前の机に視線を落としたまま、かすかに顔を上下させた。

この後、検察官は被害者の写真を見せながら、証人が目撃した人物と同じかどうかを確認し、尋問を終了。代わって女性弁護人が質問に立った。

弁護人「トラックがあなたの横を通り過ぎていったということですが、運転していた男の様子は見えましたか」

証人「見えました」

弁護人「男の表情は見えましたか」

証人「見えませんでした」

弁護人「(運転席に)眼鏡をかけた男がいたということですね」

証人「はい」

弁護人「男があなたの横を通り過ぎたということですが、あなたとの距離はどのくらいでしたか」

証人「(加藤被告がいた)車道と(自分が立っていた)歩道の間にさくがあったが、だいたい1、2メートルぐらいでしょうか」

弁護人「男の表情は見えましたか」

証人「表情は見えませんでしたが、白っぽい服装でめがねをかけていました」

弁護人「男は手元に何か持っていましたか」

証人「分かりません」

弁護人「周りはどのような様子でしたか」

証人「人だかりで。たくさん人がいました」

弁護人「男は人だかりに向かって走っていったということですか」

証人「はい」

弁護人「男は移動する間、ずっと走っていたのですか」

証人「自分の意識としてはそういうことです」

代わって男性弁護人が質問に立った。

弁護人「あなたの検察調書によると、100人ぐらいの人だかりができていたということですが」

証人「はい」

弁護人「人だかりができていたのは、だいたいどのあたりだったか地図に書いてください」

証人は赤ペンで、地図に楕円(だえん)を描き込んだ。ここで尋問は終了し、証人は書類に必要事項を記入した後、退廷。続いて加藤被告も、傍聴席に深々と頭を下げて法廷を後にした。公判は昼休みを挟み、午後1時半から再開するという。

⇒(5)検察官も「AKB」 右腕に傷跡「見せてもらえますか」