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(11)「たまたま死ななかっただけ」腎臓摘出した被害者の女性

加藤智大(ともひろ)被告(27)に刃物で刺され、大けがを負った女性Gさんへの証人尋問が続く。Gさんは、途切れ途切れに消え入りそうな声で事件の様子を振り返っている。一方、加藤被告はうつむいたままで、硬い表情は変わらない。検察官は、Gさんが刺される直前に、秋葉原の交差点で何を見たのか質問していった。

検察官「それから、どのようなことがありましたか」

証人「男の人が、道路の真ん中の方を見ていた警察官の人に近づいていきました」

検察官「それから、どのようなことが起こりましたか」

証人「男の人が、警察官の肩をポンポンとたたくようなしぐさをしました。それで、警察官の方が左側を振り返ろうとしましたが、そのとき、男の人が右手でおなかの高さのあたりを殴ったように見えました」

検察官「男が近づいて、あなたが見ている前で警察官を殴ったのですね」

証人「はい」

検察官「おなかの高さのあたりを殴ったのですね」

証人「はい」

証言を受け、検察官はGさんが座る証言台に置かれた地図で、男や警察官がいた場所に印を付けるように促す。傍聴席から見える大型モニターに、ペンでマークをつける様子が映し出された。

検察官「その後はどうなりましたか」

証人「警察官の方を殴っている様子を見た後、私は別の方を見ました。そして、もう一度顔をあげると、さっきの男の人が目の前に立っていました」

検察官「1メートルも離れていないような距離ですね」

証人「はい。ものすごく近くにいました。目の前に誰かがいると気付いた瞬間、おなかを殴られるような衝撃を感じました」

検察官「どのような感触でしたか」

証人「おなかを拳で強く殴られたような感触でした。息が詰まるというか…。『ウッ』となるような感じでした」

検察側の主張では、このとき、Gさんは加藤被告に殴られたのではなく、ナイフで刺されたとされる。しかし、検察官はあえて、「刺された」と“訂正”せず、そのまま質問を続ける。

検察官「殴った後、犯人はどうしましたか」

証人「私の後ろの方へ走っていきました」

検察官「横を通り抜けて走っていった、ということですね」

証人「はい」

検察官「あなたを殴った犯人は、警察官を殴った男と同じ人ですか」

証人「同じだったと記憶しています」

検察官「あなたは、素手で殴られたのですか」

証人「いえ、実際は刃物のようなもので切られていました。血が流れてきて、右手で押さえました」

検察官「血はどのような感じで出てきましたか」

証人「ポタポタと流れ出るような感じでした」

検察官「男に殴られる前に、人に切られるようなことはありましたか」

証人「いいえ。ありません」

検察官「刺されたことに気付いた後、何か見たものはありますか」

証人「自分が立っていたすぐ近くの地面に、鞘がついたナイフのようなものが落ちていました」

検察官「それを見て、どう思いましたか」

証人「鞘に入った状態で落ちていたので…。何かよく分からず混乱しました」

一言一言を確かめるように、証言を続けるGさん。しかし、ときおり言葉に詰まり、傍聴席から聞き取れないほど小声になってしまう。

背中を丸めてうつむき加減の加藤被告は、視線を手元の方に落としていた。

検察官「犯人から殴られた警察官は、その後どうしていましたか」

ここでも検察官は「殴られた」と表現しているが、この警察官は刺されて、けがを負っている。

証人「警察官の方は血がたくさん出ていました。でも、犯人を追いかけて、一生懸命歩いていました」

検察官「そのまま追いかけていきましたか」

証人「いいえ、その場で立ち止まってしまいました」

検察官「あなたは刺された後、どうしましたか」

証人「周りに自分が刺されたことを伝えました。自分が背負っていた荷物を下ろして、傷を手で圧迫して止血していました。お医者さんだという方から『あおむけになって頭を下げて』と言われました」

検察官「そばにやってきた人で、覚えている人はいますか」

証人「通りがかりの人が助けに来てくれました」

検察官「その後、警察官がやってきましたか」

証人「はい」

検察官「どんなことを聞かれましたか」

証人「『犯人はどちらに行きましたか』『どういう人でしたか』などと聞かれました」

検察官「あなたは何と答えましたか」

証人「さっき見た犯人の服装や、メガネをかけていたこと、南の方へ走っていったことを伝えました」

検察官「救急車が来るまで、どのようなことを考えていましたか」

証人「とにかく、早く、早く来てもらって、周りで倒れている人を助けてほしいと思いました」

検察官「あなた自身は軽傷だと思っていたのですか」

証人「けがをしているのは分かっていましたが、意識はあったので…」

検察官「実際の傷は軽傷だったのですか」

証人「いえ。傷はおなかから背中側まで貫通していました」

検察官「それは、生命の危険を感じない場所ですか」

証人「いえ。腎臓を摘出しましたし、今も体には大きな傷が残っています。刃物が貫通したことを考えると、私はたまたま死ななかっただけだと思います」

⇒(12)「プライド守るため私たちの命を利用」被害女性が加藤被告を非難