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(5)被害者は1人…「死刑」は相当強度の悪質性が必要

 星島貴徳被告に前科前歴は全くなく、コンピューターソフト開発の専門知識を生かして比較的高額の収入を得て安定した生活を送っていた。両親に対しては尋常でない感情を抱いていたが、実際に殺害しようとしたことはない。

屈折した感情で人生の大半過ごす…同情すべき点も

 女性に対してゆがんだ妄想を抱くようになっていたものの、1週間ほど前に犯行を決意するまでは、あくまで妄想の次元にとどまっていた。その心の内はともかく、生活歴や生活状況に、問題となる点は見られない。この点は量刑にあたって考慮すべき事情として、本件の罪質、動機、態様、結果などに比べれば、過大に強調することは相当でないが、相応の意味がある事実といえる。

 星島被告は、ごく普通の家庭に生まれたが、1歳11カ月の時に熱湯の入った浴槽に落ちて両足に大きなやけどを負った。やけどのあとが残ったことで、小学生のころから継続的にいじめに遭った。しかし、両親に相談に乗ってもらえなかったと感じ、やけどを負ったのは両親のせいだと恨みを募らせ、やがて殺害したいと思うまでに両親を憎むようになっていった。だからといって星島被告が劣悪な環境の中で育ったとまではいえないし、なぜ見ず知らずの者に対して、このような犯行に及んだかは十分に説明されていない。

 しかし、人を殺害することを決意した背景には、このような感情が多かれ少なかれ影響しているとみられる。また、屈折した感情を持つようになった経緯には、自分勝手な思い込みが入り込んでいるものの、両足に残ったやけどのあとへのコンプレックスや両親との葛藤が影響していることがうかがえる。このような屈折した感情を持って、人生のほとんどを過ごしてきたこと自体には同情すべき点もあり、量刑を考える際には、心に留めるべき事情といえる。

犯行は一貫して認めている

 星島被告は平成20年5月25日、東城瑠理香さん宅への住居侵入容疑で逮捕された。この前日、取り調べを担当した警察官から「お前は本当に、(東城さんの)家族に対して少しも悪いとは思っていないのか」といわれたことから、星島被告は犯行後に見かけた東城さんの姉や父の姿を思い浮かべ、罪悪感を募らせた。翌日からは犯行の詳細について自供を始め、28日には両親に対しても、罪を認めて謝罪する内容の手紙を送っている。

 そして、その後も一貫して各犯行を認め、法廷でも自分の行った犯罪に向き合うようになった。遺族ら多数が傍聴する前で、犯行の詳細を述べたうえで「死刑になって地獄でおわびするつもりです。本当にすみません。謝っても何もならないと思いますが、本当にすみません」(被告人質問)「被害者の方に、ご遺族のみなさんに、友人、知人の方に、何度申し訳ございませんでしたと、すみませんと謝っても謝っても、気持ちが収まりません。弁護士と面接しても、何度も説得されましたが、やはり死刑でおわびさせていただくしかないと思っています。東城さんの無念さ、恐怖と苦しさを思うと、思い返すたびに体が硬直して何も手につきません。どうしてこんなにひどいことをしてきたのだと。一日も早く死刑にしてください。皆さんの気が少しでも晴れるように。お願いします。申し訳ありません」(最終陳述)−などと述べている。

家族とは微妙な“距離”も変化の兆し

 拘置所の中では東城さんの冥福(めいふく)を祈り、せめて来世は幸せに暮らせるよう祈るため、般若心経を2000通以上写経している。拘置所内の本棚を仏壇のように見立て、花を飾ったり菓子などを供えているという。

 このような星島被告の謝罪を遺族が受け入れるとは考えられない。また、星島被告自身もおそらく感じているように、改心は遅きに失しているが、自らの非を悔い、その罪のあまりの重さに苛(さいな)まれ、受け入れられるはずもない謝罪をしようとしているのを、うわべだけのものと切って捨てることはできない。

 星島被告は法廷でも、いまだに両親を恨む気持ちがあると述べる一方、逮捕後に両親へ送った手紙の中で、事件を認めて謝罪するとともに、弁護人が面会に来てくれたのは父親が依頼したものであると思うとして、感謝の言葉を記している。家族とは依然として微妙な緊張関係にあるものの、変化する兆しを見せているともいえる。

 これらの点は、星島被告の量刑を考えるにあたって過大に強調すべき点とはいえないが、相応には考慮すべき事情である。

なぜ「無期」…

【量刑の検討】

 検察官は星島被告に対して死刑を求刑した。

 死刑は、人間存在の根元である生命そのものを永遠に奪い去る冷厳な極刑であり、誠にやむを得ない場合における究極の刑罰であることを考えれば、慎重に適用されなければならない。

 しかし、死刑制度を残す現行法制では、犯行の罪質、動機、態様、そして特に殺害の手段・方法の執拗(しつよう)性と残虐性、結果の重大性、特に殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状などをあわせて考察し、その罪責が非常に重大であり、罪刑の均衡の見地からも、一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合には、死刑の選択が許されている。

 殺害されたのが1人という事案であっても、さまざまな情状を考慮した上で、極刑がやむを得ないと認められる場合があることはいうまでもない。

 しかし、昭和58年の最高裁判例でも、殺害された被害者の数が重要であることが示されている。罪刑均衡の観点から考えれば、多人数が殺害された事案とは状況を異にするというべきであり、被害者が1人という事案で死刑を選択するためには、他の量刑要素で相当強度の悪質性が認められることが必要となる。

 本件で第1に、星島被告は強姦目的でマンションに押し入って東城さんを拉致した上、犯行の発覚を恐れて殺害し、遺体を細かく切断して遺棄しており、非常に悪質である。

 第2に犯行動機は、住居侵入、わいせつ略取については女性を「性奴隷」にしようというゆがんだ性的欲望にあった。また、殺人、死体損壊、遺棄については、わいせつ略取などの発覚を恐れたためであって、いずれも極めて身勝手で自己中心的である。そのうえ、住居侵入、わいせつ略取については計画性が認められる。

 第3に犯行態様は、住居侵入、わいせつ略取については、マンションに押し入って東城さんを無理やり拉致し、自室に連れ込むという凶悪かつ非常に悪質なものである。殺人については、包丁で東城さんの頸部を突き刺すなど、残虐かつ冷酷である。

 遺体損壊、遺棄については、死体を細かく切断して遺棄したという、戦慄(せんりつ)すら覚えるものであり、死者の名誉や人格、遺族の心情を踏みにじる極めて卑劣なものである。

 第4に、東城さんは落ち度がないにもかかわらず拉致され、尊い命を奪われた。この結果は非常に重大で、遺族らの処罰感情は峻烈を極め、社会に与えた衝撃も大きい。

 第5に、星島被告は徹底した証拠隠滅を行い、事件と無関係であるかのように装っていた。これらの事情を考えれば、一般予防の観点からも、検察官が死刑を求めるのも理解できないことではない。

⇒判決要旨(6)「遺体損壊、遺棄は過大に量刑に反映されない」