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判決要旨(1)「精神障害に支配されていない」

【主文】

 五味咲被告を懲役10年に処する。未決勾留日数中90日をその刑に算入する。金づち1本を没収する。

 【理由の要旨】

 ■犯罪事実

 咲被告は平成19年11月7日午後4時35分ごろ、長野県諏訪郡富士見町の◯◯(夫の実家)方において、五味絵里子さん=当時24歳=に対し、殺意をもって、持っていた金づち(全長約30センチ、重さ約392グラム)で絵里子さんの頭部を多数回殴打した上、持っていた紙ひもで絵里子さんの頸部を締め付け、さらにその場にあった包丁(刃渡り約16センチ)で絵里子さんの右側頸部などを多数回突き刺すなどした。その結果、咲被告は絵里子さんを右総頸動脈及び右内頸静脈損傷による失血死により死亡させて殺害した。

 ■弁護人の主張に対する判断

 第1 弁護人の主張

 (1)咲被告は、自分自身あるいは自分の子が、絵里子さんから危害を加えられるのではないかなどと考えており、犯行当時、妄想性の統合失調症などの精神疾患により心神喪失または心神耗弱の状態であった。

 (2)咲被告は捜査機関に発覚する前に自己の犯罪事実を申告したから、自首が成立する。

 第2 責任能力についての裁判所の判断

 (1)精神疾患の有無

 咲被告には精神科通院歴はなく、犯行当時、精神病に罹患していたことをうかがわせる事実はない。

 弁護人は、咲被告がこのままでは娘が殺されるという思いから犯行に及んでおり、犯行当時の咲被告には妄想性の統合失調症、妄想性障害などの精神疾患があったと主張する。しかし、そのような思いを抱くようになった経緯に関する咲被告の供述は、客観的事実経過ともおおむね合致している。その経緯は通常人の感覚に照らして絵里子さんの生命を奪うことを決意させるまでのものとは言い難いものの、絵里子さんに対する警戒心を抱かせる余地のあるものとはいえる。

 そうすると、仮に咲被告が生命に危害を加えられるのではないかと感じていたとしても、そのことからただちに咲被告が精神疾患に罹患していたとまでは認められない。さらに、犯行前後の咲被告の社会生活上の行動からは、犯行当時、咲被告に精神疾患が存在していたことをうかがわせる事情は認められない。

 (2)犯行動機の理解可能性

 咲被告は長期間にわたって継続的に絵里子さんに嫌悪の情を抱いており、咲被告の名札が外されていたことや、自分に対する言葉などで、絵里子さんに対する殺意を抱いていた。犯行当日、絵里子さんが使用していた引き出しから自分の名前の札を発見したことから、それまで絵里子さんが盗まれたなどと言っていたことも、自分に対する嫌がせをするための自作自演だなどと確信し、絵里子さんに仕返しをしてやる、絶対に殺してやると殺害を決意したというのである。

 殺害に至った動機として供述している内容は、特に不自然なものではなく、内容も理解可能なものと認められる。

 (3)犯行の計画性

 咲被告は、絵里子さんを殺害するための複数の方法や犯行後の行動についても事前に準備し、犯行当日もアリバイ工作をしているのであって、犯行には計画性が認められる。

 (4)犯行の合理性・目的性との合致

 犯行当時、咲被告は絵里子さんを確実に殺害し、自分の犯行が発覚しないよう、その場の状況に応じた合理的で目的性に合致した行動を取っていたものと認められる。

 (5)犯行後の罪証隠滅工作など

 犯行後の咲被告の罪証隠滅行為は、自らの行為の犯罪性・重大性を理解した上で、咲被告の犯行であることが発覚しないようにとった行動と認められる。咲被告が犯行翌日の警察官の取り調べに対し、当初はアリバイを主張して自らの犯行を認めなかったことからも、行為の犯罪性・重大性を認識していたことが裏付けられる。

 (6)結論

 以上検討した通り、(1)犯行当時、咲被告に精神疾患が存在していたことをうかがわせる事情は認められない(2)犯行の動機も理解可能(3)犯行態様には計画性が認められる(4)犯行には合理性・目的との合致が認められる(5)犯行前後にアリバイ工作や罪証隠滅行為を行っている−ことからすると、咲被告の行為は、精神の障害に支配されて行ったものとは到底言えない。犯行当時、咲被告が是非善悪を区別する能力や行動制御能力が著しく減退した状態になかったことは明らかである。

 よって犯行当時、咲被告が心神喪失、または心神耗弱の状態にあったという弁護人の主張は採用できない。

 第3 自首の成否についての裁判所の判断

 咲被告が犯行を自白した経緯によれば、咲被告は当初はアリバイを主張して犯行を否認していたものの、事件発生前後の行動について不審な供述をするなどしていたため、取り調べの警察官が咲被告が犯人ではないかとの心証を抱いて取り調べを行い、取り調べを開始してから約2時間20分後に犯行を自供したものと認められる。

 そうすると、咲被告は捜査機関の取り調べに対して単に自白したに過ぎないのだから、自発的に自己の犯罪事実の申告をしたものとは認められず、自首は成立しない。

 よって、自首が成立するという弁護人の主張には理由がなく、採用できない。

⇒判決要旨(2)「義妹の態度厳しかったが、刑事責任重大」