(11)憤怒の形相で詰め寄る父…刑務官が取り囲む一幕も

英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=に対する殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の第4回公判。検察側は、リンゼイさんがどれほど素晴らしい女性だったか、写真をモニターに映し出して説明を続けている。
愛らしい幼いころのリンゼイさんや、大学卒業記念パーティーのときの、グラスを片手に挑発的な笑顔でほほえむリンゼイさんなど計14枚の写真が、大型モニターに映し出された。
リンゼイさんの母、ジュリアさんは、モニターを見て涙を流し続けている。
男性検察官が、紙につづられたリンゼイさんの父、ウィリアムさんの言葉を日本語で朗読している。
検察官「リンゼイは22年間しか生きられなかったが、とても有益に過ごした。(リンゼイさんが)亡くなってしまってから、もはやリンゼイがいたころの家族ではなくなってしまった。私たち(夫婦は)、娘たちにすべての機会を与えたが、リンゼイは期待を裏切らなかった」
モニターが消された。
堀田真哉裁判長に促されて、ウィリアムさんの証人尋問が始まる。
ウィリアムさんは立ち上がると、まず、証言台の後ろ、被告人席に座っている市橋被告に近づいた。
市橋被告に危害を加えると思ったのだろうか、慌てたように刑務官がウィリアムさんを囲むが、ウィリアムさんはすさまじい怒りの形相で市橋被告を見下ろした後、証言台の前に立った。
市橋被告は背中を丸めて泣いている。
男性検察官による、ウィリアムさんの証人尋問が始まった。
検察官「リンゼイさんは大学生のとき、どんな学生でしたか」
証人「リンゼイは英国でもトップクラスに目されるリーズ大学に入学しました」
ウィリアムさんが訥々と、大学生時代のリンゼイさんの美しさ、聡明(そうめい)さ、充実した生活について説明する。
証人「何時間あっても、リンゼイが大学時代に成し遂げたことについて説明し切れません。でも、ここは法廷でそのような時間がないことは分かっています。でも、本当に彼女が成し遂げたことについて、誇りに思っています」
検察官「娘さん3人の教育費は大変だったのではないですか」
証人「その通りです。英国でトップクラスの大学に進学させることは非常に金銭的に負担が大きいです。でも、3人とも頭脳明晰(めいせき)で、トップクラスの大学に入学しました。とてもうれしかった。お金がなくて、娘が勉強の機会を奪われる、そんなことにはさせたくありませんでした」
検察官「事件は、(リンゼイさんの)家族にどれだけ影響を与えたのですか」
証人「事件が起こる前、私たちは普通の家族でした。でも、この事件で、私、妻、娘たちは、本当にそれまでの生活を覆されました」
ジュリアさんは手で口を覆って涙を流し続けている。
証人「私たちはまったくあのころとは違う世界に住んでいます。親戚(しんせき)とも疎遠になり、近くに住む人も、私たちとどう付き合っていいのか戸惑っています」
「最初、私と妻は日本になぜ娘をやったか、自分たちを責めました。それに私はどうしたらいいのか分からなくなって動揺していました。娘たちともうまく付き合えなくなりました。残った2人にも何かあったら、と考えると心配で仕方なかった。私は鬱になり、薬を飲まざるを得なくなりました」
「私は怒りを常に感じています。自殺願望に襲われましたが、家族がいたので踏みとどまれました。そして仕事で(リンゼイさんを失った悲しみを)忘れようとしました」
ウィリアムさんの独白は続く。
証人「娘たちはそれぞれ、いい付き合いをしているボーイフレンドがいました。彼らは父の私とも付き合っていました。リンゼイの死後、数カ月の間に残りの2人の娘もボーイフレンドと別れ、私たちは孤立無援になりました。(悲しみのあまり)家にこもったまま、買い物にもいけません。人は言います。『時が解決してくれる。どんな悲しみも』。でも違うのです」
右から2番目の裁判員は真剣な表情でウィリアムさんを見つめている。男性検察官の質問に答えて、ウィリアムさんは親戚(しんせき)とも疎遠になったことを切々と訴えた。
証人「私の2人の姉妹も、私たちとどう接すればいいのか分からずに、私たちのところに来てくれなくなりました。彼女たちの遠慮もあり、疎遠になりました」
検察官「リンゼイさんの婚約者とは(リンゼイさんの死後)どういう付き合いになりましたか」
証人「リンゼイには婚約者の●●(法廷では実名)がいました。2人は本当に愛し合っていました。●●は家族の一員でした。2人はいつも一緒にいました。私は●●に言ったことがあります。『こんなきれいな女の子(リンゼイさん)と付き合えて君はラッキーだね』。●●は言いました。『本当に私はぜいたく者です。一生懸命頑張って、成功して、リンゼイと結婚して、僕たちは4人子供を産みますよ』。いま、なかなか●●は会いにきません。さみしいです」
ウィリアムさんの後ろ、被告人席の市橋被告の肩が震えている。
男性検察官は、事件を知った直後のリンゼイさん一家の様子について質問した。
証人「最初は行方不明だと知らされました。しかし、時がたつにつれ、状況は最悪になりました。まさかわが子に(こんな悲惨な事件が)起こるなんて。別の人ではないかと思いました」
その後、男性検察官の質問は、事件後にウィリアムさんたちが、逃亡した市橋被告を捕まえるために、来日したり、パンフレットを配ったり、英国の政府高官と連絡をとったりと、手を尽くしたことに移った。
証人「とにかく天国から地獄を掻き分けて、市橋被告を裁きの場に出すため、必死でした。父親なら誰でもそうします」
男性検察官は、ウィリアムさんが、リンゼイさんの遺体の写真を見たときのことについて質問した。
検察官「リンゼイさんの遺体の写真は、見なくてもいいと言われていたはずですが、どうして見たのですか」
証人「私は、この目で確かめなければならないと思いました。一度見てしまったら、一生忘れられないとは思いましたが、父として、娘の遺体を見なくてはならないと思いました」
検察官「見て、どう思いましたか」
証人「吐き気を催すほどでした。動悸(どうき)が激しくなりました。美しい娘になんて悲惨なことを…」
「市橋は娘をあのようにして申し開きもしないのです」
ウィリアムさんが市橋被告を弾劾する声が法廷中に響く。市橋被告は体を震わせたままだ。