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(1)入廷いきなり土下座 殺意否認し「裁判で話すことが義務」

若い外国人女性の殺害、逃亡、整形、逮捕後の断食、逃亡手記…。国内メディアだけでなく海外でも大々的に報じられてきた男がついに裁かれる。

千葉県市川市のマンションで平成19年、英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=が殺害された事件で殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の初公判が4日、千葉地裁(堀田真哉裁判長)で始まった。

市橋被告は19年3月、自宅マンションを訪れた捜査員を振り切って逃走。その後、建設会社の住み込みなどで働き、稼いだ金で顔に整形手術を施すなどして逃亡生活を続けていたが、21年11月に大阪のフェリー乗り場で逮捕された。

逮捕後はしばらく、お茶以外に手をつけず、断食を敢行。医師から栄養剤の投与を受けたこともあった。事件についても語らなかったが、殺人と強姦致死罪での起訴直前、「リンゼイさんが『帰りたい』と言って大声を出したので首を絞めた。殺すつもりはなかった」と口を開いた。

今年1月には、約2年7カ月に及んだ逃亡生活についてつづった手記を出版。沖縄県久米島近くの離島で野宿生活を送っていたことなどを明かしたが、殺害の経緯や動機などについては触れられておらず、市橋被告が公判で何を語るかが注目される。

千葉地裁にはこの日、57席の傍聴券を求めて975人が列を作った。事件発生から4年以上が経過しているが、依然、注目度の高さをうかがわせる。

午後1時12分、千葉地裁最大の201号法廷に、堀田裁判長と2人の裁判官が入廷してきた。裁判員はまだ入廷していない。

午後1時17分、向かって右側の扉から、「(市橋被告の)悪魔の目を日本に行って確かめたい」と話していたリンゼイさんの父、ウィリアムさんと母、ジュリアさんが入廷。右側の検察官席の後ろにゆっくりと腰掛けた。2人とも険しい表情だ。2人は証人として出廷するほか、被害者参加人としても公判に参加する。

公判はすべて通訳を交えて行われるため、ウィリアムさんらは耳にイヤホンを装着した。

続いて法廷の後方からリンゼイさんの姉妹ら3人が入ってきて最前列の傍聴席に着席した。

午後1時19分、向かって左側の扉から、市橋被告が入ってきた。うつむき加減で傍聴席には視線を向けず、中央の証言台の前に来ると同時に、リンゼイさんの両親に向かっていきなり土下座した。ウィリアムさんは、顔を紅潮させて、指を突き立てるしぐさを見せ、市橋被告への怒りをあらわにした。

市橋被告は警備の係員に抱きかかえられるようにして立ち上がり、証言台の前の長いすに座った。黒い長袖シャツに、黒っぽいジーンズのようなズボン姿だ。

市橋被告が公衆の前に姿を見せるのは、逮捕2日後に送検されたとき以来、約1年8カ月ぶりだ。このときは、ほおがこけ、長い髪が整形で高くした鼻のあたりにまで垂れ下がっていた。目の前の市橋被告は。髪は長めでぼさぼさだが、ややふっくらとした印象だ。

裁判所職員が「起立願います」と大きな声を上げると、正面の扉から6人の裁判員が入廷してきた。全員男性で一様に緊張した様子だ。堀田裁判長を含め、3人の裁判官の両サイドに3人ずつ並んで座った。

堀田裁判長が通訳の女性に対し、法廷に出廷する証人に求めるものと同様の宣誓を求め、通訳は日本語で宣誓した後、リンゼイさんの両親らに向け、英語でも宣誓した。

裁判長「それでは開廷します。被告人は証言台の前に来てください」

市橋被告「はい」

市橋被告が小さな声を上げ、中央の証言台の前に立つ。人定質問が始まる。

裁判長「名前は?」

市橋被告「市橋達也です」

市橋被告はか細い声で答える。

裁判長「生年月日は?」

市橋被告「昭和54年1月5日です」

堀田裁判長は本籍地や住所を確認した上で続ける。

裁判長「職業は?」

市橋被告「ありません」

続いて堀田裁判長に促され、男性検察官が立ち上がり、起訴状の読み上げを始めた。市橋被告は手を前にぶらっとさせ、立ったまま聞き入っている。

起訴状によると、市橋被告は19年3月25日ごろ、自宅マンションでリンゼイさんの顔を何度も殴り、両手などをテープで縛って乱暴した上、首を絞めて殺害。同26日ごろ、リンゼイさんの遺体をベランダの浴槽に入れて土で埋めるなどして遺棄したとされる。

起訴状の読み上げが終わり、堀田裁判長は市橋被告に黙秘権などについて説明した。そして注目の罪状認否に移る。

裁判長「2通の起訴状のうち、まず1通目の強姦致死と殺人についての公訴事実について、違っているところはありますか」

市橋被告は、しばらく沈黙した後、消え入るような声で語り始めた。

市橋被告「私はリンゼイさんに対して殺意はありませんでした。しかしリンゼイさんの死に対し、私にはその責任があります。私はその責任は取るつもりです」

「リンゼイさんを姦淫したのは私です。リンゼイさんに怖い思いをさせて死なせてしまったのは私です。本当に申し訳ありませんでした」

最後に軽く頭を下げた。

通訳の説明に耳を傾けていた父のウィリアムさんは、市橋被告をにらみ続けている。

通訳が終わると、堀田裁判長が市橋被告に尋ねる。

裁判長「少し確認しますが殺意はなかったということですね」

市橋被告「はい」

裁判長「あなたの行為によって死亡したことは認めますか」

市橋被告「はい」

裁判長「それから姦淫したことは認めますね」

市橋被告「はい」

裁判長「起訴状には、リンゼイさんの顔面をげんこつで多数回殴ったり、緊縛したり、頚部(けいぶ)を圧迫したりとありますが、これらについては違っているところはありますか」

市橋被告は10秒ほど沈黙した後に語り始めた。

市橋被告「事件の日に何があったか知っているのはリンゼイさんと私しかいません。でもリンゼイさんは私のせいで何も話せません。事件の日に何があったかは、これからの裁判で話していくことが私の義務だと思います。今の質問には、これからの裁判で詳しくお話ししていきます」

堀田裁判長は、続いて2通目の死体遺棄に関する起訴状についても尋ねる。

裁判長「違っているところはありますか」

市橋被告はまたしばらく沈黙した後に話し始める。

市橋被告「リンゼイさんの遺体を遺棄したのは私です」

弱々しい声ながら、自らの主張を話した市橋被告。リンゼイさんの両親は引き続き、市橋被告に厳しい視線を向けていた。

⇒(2)リンゼイさんが被告宅に行ったのは…「レッスン料忘れた」口実に連れ込み