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(8)「母の子殺しは『無理心中』が常識」持論を展開する鑑定人

なぜ長女、彩香ちゃんは橋から転落したのか。西脇巽鑑定人は、鑑定書の中で「無理心中説」を唱えているが、ここにきて弁護側は、主張と相いれない鑑定人に対し、猛然と反発を始めた。

弁護人「先生は彩香ちゃん事件は無理心中という。だが、鈴香被告はこれまで睡眠薬の大量摂取や練炭自殺未遂などをしているが、彩香ちゃんを道連れにしようとした形跡はない。考え方としては(無理心中は)あり得るかもしれないが、整合性はないのでは」

鑑定人「…。過去の自殺未遂と比較すればそうだが、過去の事例と違い、新たな例として考えた」

鑑定人は、その理由として、事件4、5日前に、彩香ちゃんが「学校に行きたくない」と言い出したこと、事件当日もぐずったことなどを挙げる。そして、彩香ちゃんが学校で自分と同じようにいじめられたりしたことなどが錯綜(さくそう)して、それまでの単独自殺から、彩香ちゃんの未来を考え合わせたものだとも。そして、「無理心中で間違いない」と断言する鑑定人。もちろん弁護側は反発する。

弁護人「でも、4、5日前の登校拒否発言は、原因がはっきりしていない。しかも春休みで、そのころいじめに遭っていたわけではない。それほど重要視することか」

鑑定人「いままで素直だった彩香ちゃんが、魚を見たいとぐずりだし、自分の手に負えない彩香ちゃんになったということから、反応したのだと思う」

弁護人「それなら、瞬発的に起きたということか?」

鑑定人「4、5日前のことで誘因されて起きたのではないか。もっと前にさかのぼると、前年の暮れごろ、それまで実家にご飯食べに行っていたのを行かなくなった。今度は彩香ちゃんを1人で面倒見なければならないと。そういうのが積み重なった」

弁護人「無理心中は、1回目に(鈴香被告に)質問しているが、以前から仮説を立てていたのでは?」

鑑定人「面接前、調書を読んでいるときに、間違いないという所感を持っていた」

精神鑑定の面接前に、無理心中を「間違いない」と思っていたという鑑定人。当然、弁護側は、事前にストーリーを作った上で鑑定に臨んだのではないかと責め立てる。すると…。

弁護人「先生は、(被告に)殺意があった、怒りと攻撃性はなかったという。殺害というストーリーで成り立つのは、無理心中しかないと考えたのではないか」

鑑定人「母親が子供を殺害するとき、まず無理心中を考えるのが常識だと思う。無理心中でなければ、どういうことが考えられるか。今回は、無理心中でないことの納得できる経過が見つけられない。これは無理心中という視点で調書を読んでいくと、整合性があると感じる」

鑑定人は母親の子殺しは「無理心中」が常識だという。果たしてそうなのか。弁護側は、豪憲君事件の動機についても疑問点をぶつける。

弁護人「豪憲君事件だが、先生は、彩香ちゃんの遊び相手、仲間を与えるために事件を起こしたという。しかし、被告は死後の世界を信じないと言っている。先生は、被告が御詠歌(仏教信者などが歌う巡礼歌)を歌ったり、写経をしているという。だが、御詠歌や写経は、弔意を表す際に普通に行われることではないのか?」

鑑定人「いままでやってなかったことを始めたのは、彩香ちゃんが亡くなったからだ」

弁護人「彩香ちゃんの遊び相手というのなら、自殺願望が強かった被告が後追い自殺する方が自然だと思うが」

鑑定人「本来そうあるべきだったと思うが。無理心中については、1例経験しているので、ほぼ間違いないと確信している。豪憲君事件については、経験したことないので、説得力ある説明かどうかは、無理心中と比較すると強く主張するには疑問がある。しかし、他の理由を検討すると、なるほどと合点のいくものが導かれてこない。しかし、遊び相手と考えると、全体の流れや、豪憲君一家に恨みがなかったことを併せて考えれば、整合性がある」

鑑定人は、終始「無理心中」と「遊び相手」という自分の意見を述べ続けた。

⇒(9)検察官の追及に「詐病なかったとはいえない」