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(12)冒頭陳述は動かぬ証拠? 鑑定人が“思い込み”

約15分の休憩をはさみ、公判は午後3時40分に再開された。検察側は引き続き、西脇巽鑑定人に対し、「無理心中説」の疑問点を追及していく。

検察官「先生は無理心中未遂の可能性を指摘しているが、そうなったのは、彩香ちゃんの事件の4〜5日前、彩香ちゃんが『学校に行きたくない』と言ったのが大きかったと。そして、死のうとなった場合、自分だけ死んだら彩香ちゃんがいじめられ、鈴香被告の母親が許さない、認めない。だから彩香ちゃんと心中しようとしたという考え。でも、それは疑問だ。鈴香被告の母親は彩香ちゃんを溺愛(できあい)していた。母親が『鈴香被告が彩香ちゃんと一緒に死ぬのは許して、彩香ちゃんを残すのは許さない』と考えたというのはちょっとピンと来ない」

鑑定人「鈴香被告の母親の支配はかなり強烈。彩香ちゃんを残して東京に行きたいと考えても、母親に『別々に暮らすものじゃない』と言われたら逆らえなかった。そうすると、彩香ちゃんを残して死ぬのは、1人で働きに出るのと同じこと。そう考えて、1人残すことが出来なかったのではないか」

検察官「母親に逆らうのが難しいのは分かる。でも、彩香ちゃんを残して死ぬのは許される一方、(彩香ちゃんだけ)殺すのは許されるのか? 『彩香ちゃんを置いて1人で死ぬことも、一緒に死ぬこともできない』というのなら分かるが…」

鑑定人「それは、要因の1つであって全てではない。極限の状態にいるのだから常識では理解できない」

鑑定人は、無理心中未遂の見立てに自信を持った経緯を説明する。

鑑定人「面接の1日目。『あなたの行動は、無理心中と考えられる』と鈴香被告に話してみると『それはない』と否定した。『自分は死んでも生きていてほしかった』と。しかし、被告が日々書いているノートには『(無理心中未遂なのではと言われ)衝撃を受けた』とあった。それを読んで、否定はしたが、本当のことだからインパクトを受けたのではと思った」

鑑定人は、自分の意見を蕩々(とうとう)と語った。次に、検察は鈴香被告の供述の信憑性(しんぴょうせい)について尋ねる。

検察官「鈴香被告は『昔、学校のトイレに閉じこめられ、上から洗剤をまかれ、ホースで水をかけられた』と言っているのは知っているか?」

鑑定人「たしか(弁護側の)冒頭陳述に書いてあった気がする」

検察官「冒頭陳述は別に証拠ではないのだが…。ただ、そんなことがあったら、母親は気付くはずだが、母親はそんなことは気付いていない」

鑑定人「ちょっと…。冒頭陳述書が証拠でないなら、何を信じて鑑定すればいいのか? 裁判所から冒頭陳述書を頂いたから証拠として鑑定したのに…」

裁判長「そのことについては、説明が足りずおわびしたい」

どうやら、鑑定人は冒頭陳述に書かれていることはすべて事実であると考えていたらしい。これまでも事件の精神鑑定を行ったことがある鑑定人なのだが…。

検察官「こんな、鑑定と公判が同時進行なのは例外中の例外だから…。また、担任から『あなたの面倒ばかり見ていられないから学校に来ないで』と言われたというが、ちょっと不自然とは?」

鑑定人「…」

検察官「よっぽどおかしな先生でないとそんなことは言わない」

鑑定人「…」

かみ合わないやり取りに嫌気がさしたのか、検察はさらに話題を変えていく。

検察官「基本的には、鈴香被告は彩香ちゃんをかわいがっていたという前提のようだが、鈴香被告は過去にバイ菌扱いされていた一方で、彩香ちゃんも不潔で汚かったという話が出ている」

鑑定人「…」

検察官「もしそうだとした場合、かわいい子には自分と同じ目に遭わせたくないと思うのが普通では? 気を使うのでは?」

鑑定人「…そこがね、人格障害というか、常識を離れていても良いのだと、だらしないのに意を尽くせない要因と思う」

検察側は、「鈴香被告はバカ正直」と表現する鑑定人の見解にも疑問を提示した。

検察官「被告も認めているが、彩香ちゃんを殺すときに、彩香ちゃんはむずがったと。そこで『欄干に乗れば見える。乗らないなら帰る』と鈴香被告がきつく言ったという。(心中未遂だとして)愛情から殺すときに、こんな怒鳴りつけ、怖がらせるやり方はそぐわないのではないか?」

鑑定人「…そうかもしれない。それはまあ、やり取りの中で…」

検察官「鈴香被告はバカ正直だというが、鈴香被告は『怒鳴れば(魚を見るのを)やめて帰ると思ってやった』と言っている。すごい巧妙。うまくウソをついていないか?」

鑑定人「そんな上手にウソをつける人ではないと」

検察官「バカ正直と矛盾しないか?」

鑑定人「うーん…、どんなときでもバカ正直なわけではないと思う」

結局、鑑定人の考える鈴香被告の像はウソつきなのか、バカ正直なのか分からないまま話が進んでいく。

⇒(13)起訴前鑑定は検察寄り?「表現まずかった」バツ悪そうな鑑定人