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(3)「静かに暮らしたかった。それだけ」

裁判長は豪憲君殺害動機を何とか聞き出そうと、手を替え品を替えて質問を続ける。再び話は母親へ。彩香ちゃんの死に鈴香被告が関与していることを母親に知られたくないため、豪憲君事件を起こしたのではないかとの疑問を呈す。

裁判長「彩香ちゃんの遺体発見時、(鈴香被告の)母親が半狂乱になって悲しんだと。その時、『こんなに悲しむんだ』とびっくりした?」

鈴香被告「…。そういうことは考えなかったです。自分の気持ちで精いっぱいで。周りがどう思っているのかまでは…」

裁判長「豪憲君を殺害しようとしたときに、米山さんの家族が(鈴香被告の母親のように)悲しむとは考えなかったの?」

鈴香被告「考えてたらこんなことになってません」

裁判長「警察に捕まるまでの間も?」

鈴香被告「いつもではないけど時折、考えました。毎晩、母と彩香の祭壇の前で手を合わせるとき、『豪憲君、ごめんね』って」

裁判長「豪憲君を殺害して気持ちがスッキリしたとか?」

鈴香被告「一つもないです」

裁判長「ふーん。彩香ちゃんが亡くなった後、母親は嘆き悲しんだ。彩香ちゃんの死にあなたが関係していることを知られたくなかったのでは?」

鈴香被告「当時、自分が事件、事故にかかわっているという意識はなかったので(そういう考えは)浮かばなかったです」

なおも裁判長は食い下がる。だが、鈴香被告は答える前に必ず一呼吸を置きながら、のらりくらりと小さな声で答え続けた。

裁判長「(捜査段階で)『彩香の件を話せるようにならないと、豪憲君のことも言えません』と言ってない?」

鈴香被告「言ってないです」

裁判長「じゃあ、どう言ったの?」

鈴香被告「刑事さんに『豪憲君を成仏させるには彩香ちゃんのことをはっきりさせないと2人とも成仏できない』と説得されました」

裁判長「彩香ちゃんの事件を話すとき、あなた『母親が心配だ』と。警察が母親に『気を強く』と確認し、それで彩香ちゃんのことを話したのでは?」

鈴香被告「はい」

裁判長「あなたが彩香ちゃんのことを話すと、母親がショックを受けると心配したの?」

鈴香被告「はい」

裁判長「やっぱり母親に知られたくなかったのではないの?」

鈴香被告「(知られたくない気持ちは)あったと思う」

裁判長「(少し驚いた感じで)あるの? うーん…。どうして?」

鈴香被告「彩香の遺体が見つかったとき、母がまるで狂ったかのようで。もし私がかかわっているとしたら母は生きてられないと思いました」

裁判長「あっそう。そんなあなたの気持ちとその後の行動(ビラ配りや警察への再捜査を求めるなどの行為)を見れば、あなたの関与がばれるのを防ぎたい。それで豪憲君を殺したとか…」

鈴香被告「ないです」

裁判長「米山さんに恨みもないし、豪憲君事件の動機がなくなる。別の犯人と思わせるため、豪憲君を殺したのかなって思ってさ」

鈴香被告「…。彩香のことに当時は自分がかかわっているとか、警察が自分を疑っているとは思わなかったのでそれだけはないです」

裁判長の疑問は少しも解決することなく、少々あきれ気味に最後に同じ質問を繰り返した。

裁判長「じゃあ、なんで豪憲君を殺したの?」

鈴香被告。30秒以上の沈黙。うなだれつつ時折、首をかしげながらボソッと答えた。

鈴香被告「…分かりません」

裁判長「はい!」

前回公判で「次回までによく考えて」と諭した裁判長。「もうけっこうだ」とでも言いたいように間髪入れず自らの質問を打ち切った。別の裁判官による質問へ。鈴香被告の生い立ちやマスコミ、鑑定医への不信感を質問後、1審における鈴香被告の人格に対する証言について問う。

裁判官「(1審で)周囲の人々があなたは『こういう性格』と指摘しているが異議の部分はある?」

鈴香被告「『凶暴的』、『母子心中しようとしたのでは』とか『豪憲君を彩香ちゃんの友人として一緒に(天国で)遊ばせたい』という考え方。○○(精神鑑定医の名前)医師の『記憶がなくても、いつでも(記憶を)取り出せる状態』というのは違います」

裁判官「その他に(鈴香被告の)母親や弟など周囲の人たちの指摘では?」

鈴香被告「母や弟が(1審で)言ったことは覚えていない」

裁判官の質問が終了し、弁護側が豪憲君殺害動機について記憶の欠落を改めて確認すると、再び裁判長が口をはさんだ。

鈴香被告はあらかじめ用意した台本を読み上げるように、記憶があいまいなってきたのは1審終盤からと説明する。

裁判長「1審は記憶通りに話したの?」

鈴香被告「はい」

裁判長「控訴審で記憶が変わったと?」

鈴香被告「(記憶が)なくなってきている」

裁判長「捜査段階では記憶通りに話した?」

鈴香被告「そうです」

裁判長「控訴審ではなぜ記憶がないの?」

鈴香被告「正直言って、彩香のことは1審の最中から霞がかってきて」

裁判長「…ほう」

鈴香被告「それがスピード化して、判決では覚えていないです。豪憲君のことも判決のころから、1本のビデオテープをブツブツ切ったような感じになり…。それ(記憶)を取り戻したい」

裁判長「ほうほう」

鈴香被告「なぜ記憶がそうなったのか分からない」

裁判長「うーん」

最後に検察側の質問に移る。検察官も記憶が欠落した理由を聞くが、『分からない』を繰り返し続ける鈴香被告。生い立ちと事件の関係を問われると…。

検察官「父親から殴られたり、学校でいじめられたり。それと今回の事件は関係あるのか?」

鈴香被告「…私には分かりません。私は静かに暮らしたかった! それだけです」

検察官、1審判決に質問を移す。逮捕後、自分がどのような刑に該当するのか聞きたがっていたという鈴香被告。「無期懲役」をどう受け止めたのか。

検察官「(捜査段階で弁護士や検察官に量刑を聞いたのは)自分の刑が気になったからか?」

鈴香被告「そうです」

検察官「弁護士は何と答えた?」

鈴香被告「『前例がないから分からない』と」

検察官「(1審で)死刑を求刑されたときどう思った?」

鈴香被告「当然と思いました」

検察官「では無期判決を聞いてどう思った?」

鈴香被告「少し…驚きました」

検察官「死刑も想定していたのか?」

鈴香被告「はい」

検察官「控訴審での死刑求刑については?」

鈴香被告「米山さんがそれ(死刑)を願っているのは分かっています」

検察官「極刑を回避したいという気持ちはある?」

鈴香被告「今日、控訴審が始まって今まで3回目になりますが、その間、自分がどういう処罰になるのか考えたことはほとんどないです。その時、その時、頭にあることを正直に述べることだけを目標にしてきました」

検察官「極刑回避のため『忘れた』と言っているのではないのか?」

鈴香被告「(そうでは)ないです」

午前11時35分、被告人質問が終了し、裁判長が休廷を告げる。豪憲君の母、真智子さんは豪憲君の遺影を胸に、目を赤くしながら鈴香被告のむなしい言葉を耐えるような表情で聞き続けていた。午後は豪憲君の父、勝弘さんの証人尋問に入る。

⇒(4)「都合の悪いことだけ忘れたふり」憤る豪憲君の父