(5)検察官も「AKB」 右腕に傷跡「見せてもらえますか」

約1時間半の休憩を挟み、公判再開予定時刻の午後1時半になった。すでに法廷内には検察側、弁護側双方のほか、村山浩昭裁判長と2人の裁判官も席についている。
検察官の机の上に分厚いファイルが置かれている。背表紙に記されているのは「AKB 甲号証」の文字。AKBとは若者の間で使われる「秋葉原」の略称で、アイドルグループの名前となっていることでも知られている。検察官も今回の事件の略称を「AKB」としているようだ。
午後1時32分、加藤智大(ともひろ)被告(27)が入廷してきた。同1時33分、村山裁判長が審理の再開を告げる。
裁判長「では証拠調べを続けます」
最初に検察側が証拠物を提出した。黒のリュックサックのようだ。リュックサックを渡された村山裁判長と2人の裁判官は、手にとっていろいろな角度から眺めている。
裁判長「このリュックはこの後の尋問で使いますか」
検察官「はい」
リュックはいったん検察官に返された。
裁判長「では、尋問を始めます」
傍聴席から若い男性が立ち上がり、そのまま法廷の証言台の前に立った。青いジャケットにジーパン姿。次の証人のようだ。村山裁判長に促され、いすに座る。
裁判長「それでは、検察官、どうぞ」
向かって左手の検察官が立ち上がった。
検察官「あなたは(平成20年)6月8日に右前腕部切創の被害を受けましたね?」
証人「はい」
午後最初の証人は、加藤被告にナイフで右腕を切られた被害者だった。
検察官「当日の所持品や服装を確認します」
証人は事件当日、黒いTシャツにジーンズ姿で、背中には黒いリュックサックを背負っていたという。公判冒頭、検察官が出してきたのは、この証人のリュックサックだった。
大型モニターに、当日実際着ていた服と、黒のリュックサックの写真が映し出される。
検察官「この服装で間違いありませんね?」
証人「はい」
検察官「この服装だと、前腕部はむき出しでしたね?」
証人「はい」
検察官は、ここで実際に受けた傷について問い始める。
検察官「腕の傷は残っていますか」
証人「はい」
検察官「差し支えなければ、見せて頂けますか」
うなずく証人。村山裁判長が弁護側からの了承を得る。
検察官「では、ちょっと脱いでください」
立ち上がり、羽織っていた青いジャケットを脱いで、Tシャツ姿になる証人。そして、村山裁判長らによく見えるよう、傷を受けたという右腕を、肩と同じ高さまで水平に上げた。加藤被告も思わず目を向ける。
検察官「長さは約6センチ、幅は最大で1センチぐらいです。赤く変色しています」
傍聴席からちらりと見えた傷は、赤いあざのようになっていた。
検察官「今の傷は、検察庁で事情を聴かれた際に、デジタルカメラで撮影していますね」
証人「はい」
検察官「投影してもいいですか」
村山裁判長から許可を得た検察官は、大型モニターに当時の傷跡を映し出す。
検察官「あなたの傷跡に間違いないですね?」
証人「はい」
検察官「縫合の跡がありますが、縫ってあるんですね?」
証人「はい」
大型モニターには、赤く、生々しい縫い跡がくっきりと映し出されていた。女性弁護人が思わず顔をしかめる。
席に着き、ジャケットを羽織り直した証人に、やっと検察官が事件当日の話を聞き始めた。
事件当日、ゲームのイベントに参加するため、秋葉原にやってきた証人。現場の交差点の手前で、トラックが交差点に突っ込んでくるところを目撃したという。
検察官はこれまでと同様、大型モニターに現場の見取り図を映し出し、証人の位置とトラックの位置を確認する。
検察官「前方の信号は何色でしたか」
証人「青です」
検察官「トラックは赤信号を無視して入ってきたのですね?」
証人「はい」
証人によると、トラックは40〜50キロのスピードで、ブレーキをかけることなく交差点に突っ込んできたという。
検察官「そのとき、何か見たり聞いたりしたことはありましたか」
証人「人をはねたような音が聞こえました」
検察官「どんな音でしたか」
証人「2回以上の鈍い音を聞きましたが、それ以上は覚えていません」
「ひき逃げだ」と思ったという証人。いったん被害者を救護しようと考えたものの、経験がなかったことからすでに集まり始めている人たちに任せようと思ったとき、交差点の方から悲鳴のような声が聞こえたという。
検察官「交差点内で何が起こっているか分かりましたか」
証人「分かりませんでした」
それでも異変を感じ、現場から逃げようとした証人。右肩にかけていたリュックサックをしっかり背負おうと、右腕を上げ、肩の奥まで押し込んだという。
そして、交差点を背にしようと体の回転を始めたとき、右上腕部に異変を感じたという。
証人「右腕になんかぶつかった感じがあったので、確認するために(体を回転させるのを)止めました」
検察官「その衝撃で痛みなどは感じましたか」
証人「はい、痛かったです」
痛みを感じた腕を見ると、鋭いもので切られたような傷跡があったという証人。
証人「ぶつかったときに、何かで切られたと思いました。どうして(傷が)できたのか分かりませんでした」
検察官「誰がやったのか分かりましたか」
証人「すぐに振り返って探しましたが、だれもいませんでした」
自分が傷を付けた被害者を目の前にした加藤被告。視線は下を向いたままだ。