(5)「トラックにはもじゃもじゃ髪の男が…」現場で目撃した犯人

休廷中の法廷に、加藤智大被告(27)が青白い顔で入廷してきた。遺族や被害者も座る傍聴席に向かって一礼すると、弁護側の席に静かに腰を下ろした。加藤被告や傍聴人から証人が見えないようにするための遮蔽(しゃへい)用の衝立は、取り外されている。公判が再開される。
裁判長「それでは開廷します。引き続き、証人尋問を行いたいと思います。証人の方はいらしていますね、それでは入廷の準備を進めてください」
休廷前に証言した人物とは別の目撃者の証人尋問が行われるようだ。再び、遮蔽用の衝立が設置される。衝立の向こうで証人が入廷しているようだ。
裁判長「証人、準備はよろしいですか」
証人「はい」
証人の声は、女性のようだ。
裁判長「それでは、検察官から質問をお願いします」
検察官「はい、それでは始めます」
証人「はい」
検察官「証人、あなたは平成20年6月8日に秋葉原で起きた、無差別殺傷事件の被害者のDさんの婚約者の方ですね」
証人「はい」
Dさんは、トラックで秋葉原の交差点に突っ込ん加藤被告に、背中をダガーナイフで刺されたとされる男性被害者。全治6カ月のけがを負ったが、一命を取り留めた。
検察官「あなたはずっとDさんと暮らしており、事件の後もDさんと一緒に暮らしていますね」
証人「はい」
検察官「あなたに、Dさんが被害にあったときの状況をうかがいます」
証人「はい」
検察官「あなたは、事件前日の夜からDさんと一緒に秋葉原に遊びに来ていましたね」
証人「はい」
検察官「事件が起きたときは、秋葉原で何をしていたんですか」
証人「はい、(事件のあった)中央通り沿いのインターネットカフェを出て、『とりあえずコンビニ(エンスストア)に行こうか』と言って、秋葉原駅前のコンビニに向かっていたところです」
検察官「コンビニに行くまでの道筋を、教えて頂けますか」
証人「はい、インターネットカフェを出て、駅に向かって歩きました。(事件現場近くの大型家電量販店)ソフマップのある交差点を左に曲がって、その先の交差点の横断歩道を渡りました」
この横断歩道は、加藤被告が突っ込んだとされる交差点にある横断歩道だ。証人とDさんは、この横断歩道を渡っているときに、事件に巻き込まれたようだ。
検察官「それでは、分かりやすいように、歩いた道のりを地図に書き込んでいただけますか」
証人「はい」
証人の手元の地図が、法廷内の大型モニターに映し出された。証人が、赤いペンで道のりを書き込んでいく。
検察官「横断歩道を渡ったとき、どのようなことが起きましたか」
証人「はい、横断歩道を渡りきったところで、ソフマップの方(証人から見て後方)から大きな音が聞こえてきました」
検察官「どのような音が聞こえたのですか」
証人「はい、『ドンッ』という大きな音が聞こえました。その後には、『キャーッ』という女性の長い悲鳴のような声が聞こえました」
検察官「そこで、証人はどうしたのですか」
証人「声のする後ろの方を振り返りました」
検察官「何か見えましたか」
証人「はい、トラックがすごい速さで走ってくるのが見えました」
検察官「トラックを運転していた人の姿は見えましたか」
証人「はい、男の人でした」
検察官「その男の特徴を、覚えている範囲で教えてください」
証人「はい、その男の人は髪の毛が整えられていない感じで、『もじゃもじゃっ』としていたのを覚えています。めがねをかけていて、クリーム色のジャケットを着ていました」
検察官「そのトラックを見て、どう思いましたか」
証人「大きな音の後に、すごいスピードで走っていたので、『事故を起こしたトラックかな』と思いました」
検察官「そのトラックはどうしましたか」
証人「私たち(の前)を通り過ぎたところで停車しました」
淡々と事件当時の様子を振り返る証人。加藤被告はうつむいたまま、じっと下を見つめている。証人の婚約者が加藤被告に襲われる凄惨な場面へと、証言は移っていく。