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(7)「腰に違和感、右手を回すと血が…」刺された瞬間の記憶は「ない」

加藤智大(ともひろ)被告に腰を刺されて、下半身に障害が残った被害者のHさん。質問する検察官の様子は遮蔽(しゃへい)物でさえぎられ、見ることはできないが、Hさんははっきりとした声で質問に答えていく。その声は加藤被告も届いているはずだが、加藤被告は、Hさんが障害の状況などを細かく説明している間も、特に表情を変えることなく、弁護人の前の長いすに座り、机の上を見つめている。

検察官は、事件当時の状況を細かく聞き始めている。

検察官「現場の交差点を横断した後、何がありましたか」

証人「大きな音が後方でしました」

検察官「どんな音でしたか」

当時の状況を思いだしながら、口ごもるHさん。

証人「うーん…大きな石をたたきつけたような…そういうことはしたことはないんですが。石がコンクリートにたたきつけられたような」

検察官「鈍い音?」

証人「はい。ものすごい大きなごつい音です」

続いて法廷左右に配置された大型モニターに現場の交差点周辺の地図が映し出される。Hさんの前にも検察官から地図が示されたようだ。検察官は、現場の交差点のどこにHさんがいたのか、また加藤被告の乗ったトラックが、どこから来てどこで停車したのかについて図示を求めていく。

検察官「(地図を)一目見て、場所が分かりますか」

証人「はい」

検察官「あなたが言った大きな音はどこで聞こえましたか。A1という感じで丸で囲んでください」

証人「この辺です」

検察官「中央通り沿いの現場の南側ですね? 後ろの方で音が聞こえて振り返ったんですね?」

証人「はい。振り返って見ました」

検察官「何を見ましたか」

証人「トラックが横切るのを見ました」

検察官「ほかには何を見ましたか」

証人「人がトラックにぶつかり、たたきつけられるのと巻き込まれるのを見ました」

検察官「それは別々の人ですか」

証人「だと思います」

検察官「何人見ましたか」

証人「2人だと思います」

検察官「トラックがはねた位置を書いてください」

Hさんはトラックの位置を図示しようとするが、トラックが動いていたためにどこの時点のトラックの位置を図示するのか悩んでいる様子だ。そのうち交差点の中心の左上に「トラック1」と書き込んだ。

証人「右の方にソフマップの方に車が動いていきました」

検察官「右から左ですか」

証人「左から右ですね」

検察官「倒れていた人の位置は書けますか」

証人「トラック1の位置でぶつかりましたが、その後の位置は…」

検察官「今おっしゃった様子を見てどう思いましたか」

証人「普通の事故ではないなと思いました」

検察官「どういうところからそう思ったのですか」

証人「普通の信号無視ならブレーキを踏むと思いますが、踏んでいるようには見えなかったので。あと、前輪が浮いているように見えました」

検察官「なぜ浮いていると思いましたか」

証人「人を巻き込みながら宙に浮いているのかなと思いました」

検察官「巻き込まれた人はどうなると思いましたか」

証人「ただじゃすまないだろうな、と思いました」

検察官「その後はどうしましたか」

証人「トラックが左から右に抜けていくのを見て交差点に近づきました」

検察官「トラックがどこに止まったのかは見ましたか」

証人「マクドナルドの近くにトラックが止まったのを見ました」

検察官「トラックが止まった位置を書いてください」

Hさんは地図上の神田明神通り沿いに、トラック2と図示した。ここで検察官の質問の内容は、現場の目撃者のHさんから、事件の被害者のHさんに移る。

検察官「続いて被害にあったときのことをお聞きします。刃物で刺された記憶はありますか」

証人「ないです」

検察官「事件後に記憶がなくなったということですか」

証人「いや、最初からないです」

検察官「どんなことを覚えていますか」

証人「倒れている人の所に向かう記憶と、怪しげな男の顔を見た記憶です」

検察官「分かりました。怪しげな男はどの辺に?」

証人「私の斜め後ろにいました」

検察官「どのくらい(怪しげな男と)離れていましたか」

証人「多分1メートルくらいです」

検察官「その男で覚えていることは何かありますか」

証人「メガネをかけていました」

検察官「正面から見ましたか」

証人「横から見ました」

検察官「その男が何かを持っていたのは見えましたか」

加藤被告がダガーナイフを持っていたのを覚えているのかを問う検察官。

証人「見えないです」

検察官「その後の記憶は?」

証人「その男を見た後は…空を見ていました」

検察官「あおむけに倒れていた?」

証人「はい」

検察官「そのとき何を思いましたか。何で空を見ているのかとか…」

証人「はい。そう思いました」

検察官「その後は、自力でうつぶせになろうと?」

証人「空を見ていたときに、腰に違和感があり、右手を背に回すと血が付いていました」

検察官「なぜ右手を背にやったんですか」

証人「いや、何か違和感があって」

検察官「それ(手に付いた血)を見てどう思いました」

証人「瞬間的に刺されたんだなと。周りを見ても状況がつかめなかったです。下半身がピリピリして全然動かないと感じました。そのときは(けがの状態が)大変なことだとは思わなかったです」

検察官「ほかに何か覚えていますか」

証人「何人かが助けてくれたのを覚えています」

検察官「助けてくれた人を覚えていますか」

証人「何人かが助けてくれました。(現場近くの家電量販店)ソフマップの店員のメガネの方と、買ったばかりの白いTシャツを使ってくれと言ってくれた人と、後でテレビを見て分かったんですが、四国の病院関係者の救護に当たっていた人を覚えています」

検察官「その人たちにはどう思いますか」

証人「感謝というか、うれしく思っています」

事件現場では、加藤被告によって傷つけられた人を助けようと、多くの人が救護活動にあたっていたという。Hさんは、自分の命を救ってくれた人々がいたことを鮮明に覚えていた。

⇒(8)リハビリの日々…被告の手紙は「しびれ大きく、読んでいません」