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(3)「夫の寝顔に血を流す女性」歌織被告の幻覚や幻聴明らかに

木村一優鑑定人は、夫の祐輔さんに暴力をふるわれていたという歌織被告の話から、その精神状態を明解に解説していく。まずは、暴力をふるった後の祐輔さんの様子が語られる。

木村鑑定人「目が覚めると祐輔さんは土下座して謝り、友人を呼ぶ。そうして、歌織被告が祐輔さんを一方的に責め立てているような様子を浮き立たせる。それを見ている周囲の人間は、祐輔さんの方についていく。こうして囲い込みの構造が完成していく」

鑑定人が孤立していく歌織被告の様子を語ると、被告人席に座っている歌織被告は顔を上げ、記憶を確かめるように遠くに視線をやった。

木村鑑定人「歌織被告は、鼻の骨が折れているという話は(不倫相手の)A男さんを除き、誰にも話していない。シェルター退所後、DV(配偶者間暴力)の話も友人に話していない。唯一、牧師さんがそういうニュアンスを受け取ったと話しているが。DVの加害者は何らかの介入がなされないままでは、シェルター保護くらいではDVがなくなることはありえない。歌織被告は誰にも話せず、DVは繰り返された」

当時の様子を思い出したのか、歌織被告は左手で左ほおを押さえ、うつむいた。長い前髪が、顔を覆い、その下の表情は見えない。

木村鑑定人「DVがなくなっていたとしたら、祐輔さんに相当の変化があったと考えられるが、平成18年3月15日にも祐輔さんには同じような行動パターンがみられる。歌織被告が感情的になっているところに友人が呼ばれ、祐輔さんは平謝りした。これは(以前と)同じパターンなので、シェルターを出てから、祐輔さんのDVがなくなっていたという仮説を立てるのは難しい。18年5月の歌織被告のノートにも、暴力を受けたと残っている」

歌織被告は今度は、顔を上げて前を見た。鑑定人は、祐輔さんが歌織被告を脅すのに使ったという性的な写真について証言していく。

木村鑑定人「DVには性的暴行も含まれ、それをばらまかれると脅されていた。なぜ逃げなかったかというと…DVで囲い込みがあると逃げられないということでも説明できるが、性的な写真を知人にばらまくと脅されていたことは、一層逃げられない理由になる。この話を語れば有利だが、歌織被告はかたくなに語るのを拒んでいた」

歌織被告は再びうつむくと、右手に握りしめた、白地に青とピンクの模様が入ったタオルで涙をぬぐう。ここで木村鑑定人の証言は終わり、検察側請求の鑑定人である国立精神神経センター精神保健研究所の金吉晴氏が証言を引き継いだ。

金鑑定人「『写真をばらまく』と脅されたという話の信頼性は高い。歌織被告は(祐輔さんの)ご遺体の一部を袋に入れるとき、一度遺体を袋から出して、写真が入っていないか確かめた」

性的な写真をネタに、祐輔さんから脅されていたという歌織被告の話の信頼度は高いとする金鑑定人。歌織被告がなぜ逃げられなかったのかという分析を続ける。

金鑑定人「DV被害を受けた3割くらいは(元の場所に)帰ってしまう。また、祐輔さんは激しく謝罪した。歌織被告は祐輔さんを激しく叱責したが、DV被害者が怒りっぽくなってしまうのはあり得ること。この3点は、DVを証明することにはならないが、否定することにもならない」

「シェルターから帰宅した後のDVの被害証拠はないが、歌織被告は過敏性を有していたので、(祐輔さんが)写真のことを言っただけでも相当強い恐怖があったと思う。祐輔さんは暴力をやめたつもりでいたかもしれないが、歌織被告は相当強い恐怖を持っていただろう」

さらに金鑑定人は歌織被告がこの当時、新たな精神障害を抱えていたと証言していく。

金鑑定人「歌織被告は、(この当時の精神状態を)『自分の周りに風船がある』と言っているが、これは解離性障害、特に離人、周りから引き離されたような感じを持っているということだ。18年秋ごろからは、祐輔さんの借金返済問題で再び暴力が始まったというが、(歌織被告は)その当時から夜眠ることができなくなった。コーヒーや濃い緑茶といったカフェインを(多く含む飲み物を)取るようになった。睡眠も1日4〜5時間になった」

「歌織被告は、『祐輔さんの寝顔を見ていると、血を流している女性が見えた』という。また『助けて』という女性の声が聞こえたり、以前、手相を見てもらった女性の姿が見えたりと、幻覚や幻聴が現れるようになった。また、外から自分を見ているような気分になった」

鑑定人は専門用語も交えながら、早口で証言を続けた。

⇒(4)殺害後に夫と“会話” 警察署の鏡に白シャツの祐輔さんが…