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(1)脳裏に焼きついているのは「妹のお尻」

妹の短大生、武藤亜澄さん=当時(20)=を自宅で殺害、切断したとして、殺人と死体損壊の罪に問われた次兄の元予備校生、勇貴被告(22)の第5回公判。午後1時31分に入廷した勇貴被告は白いワイシャツの上に紺色のベスト、灰色のズボン姿だ。

半年以上の間をあけて開かれた前回(3月24日)の第4回公判では、「生来、対人関係をうまく築けないアスペルガー障害や強迫性障害を抱えていた上、犯行時には解離性障害を発症していた」とする精神鑑定結果が読み上げられた。

鑑定を担当した東京女子大の牛島定信教授(精神医学)は鑑定人尋問で、「殺害時は心神耗弱、遺体の損壊時は心神喪失状態だった」とする見解を明らかにした。検察側は「再鑑定請求も視野に入れて検討したい」と不満をあらわにしており、今回の被告人質問は、責任能力の有無をめぐる質疑が注目点となる。

きょうの公判は32分に開廷。秋葉康弘裁判長が口を開いた。

裁判長「今日は裁判所から質問します」

勇貴被告「よろしくお願いします」

やや吊りあがった目の勇貴被告は硬い表情をしているが、口調は穏やかではっきりとしており、聞き取りやすい。

裁判長「体調はどうですか」

勇貴被告「とても緊張しております」

裁判長「特別に緊張していますか」

勇貴被告「特別というほどではないですが…。そうですね…、それなりに緊張しております」

裁判長「(犯行日の)平成18年12月30日の出来事を、体験したことで記憶に残っていることを話してほしい。どんなことからでもいいです。話して下さい」

「何でもいいから話してほしい」という珍しい問いかけだ。勇貴被告は少し考えた。

勇貴被告「はい…あの、テレビの画面を記憶しております」

裁判長「どんなテレビ番組ですか」

勇貴被告「『火垂るの墓』という、昔々にアニメになったものをドラマ化したものの1シーンでございます」

裁判長「ほかにはどうですか」

勇貴被告「そうですね。あの、妹を追いかけたところ。その1シーンを、目に焼きついているというか、記憶しております」

裁判長「あなたはそのとき、どこに行くところだったんですか」

勇貴被告「おそらく、階段を昇っていたと思います」

裁判長「自ら見たり聞いたりしたこととして記憶に残っているのか、それとも多分そうだと考えたのか区別はつきますか」

勇貴被告「あとにおっしゃったように、1シーンが脳裏に焼きついているので『おそらく』と言いました」

裁判長「1シーンというのは」

勇貴被告「妹のお尻です」

裁判長「後ろ姿でなくお尻だけですか」

勇貴被告「後ろ姿といってもけっこうですが、僕の中ではお尻です」

裁判長「妹さんはどこにいるんですか」

勇貴被告「階段を上るため足を上げている。そういうシーンですので…」

勇貴被告はあくまで丁寧で冷静な口調。それだけに不気味さを感じさせる。

裁判長「ほかに記憶は?」

勇貴被告「そうですね。木刀がありました。廊下にです。それを記憶しております」

検察側の冒頭陳述によると、勇貴被告は犯行当日、木刀で何回も亜澄さんを殴っている。

裁判長「木刀はどういう状態でしたか」

勇貴被告「箱の上に横になっている状態です」

裁判長「箱とは?」

勇貴被告「段ボール箱です」

裁判長「ほかに記憶は?」

勇貴被告「はい。妹がしゃがみ込んでこちらを見ている。そういったシーンです」

裁判長「どんな姿が記憶に残っていますか」

勇貴被告「そうですね、しゃがんでいたと、そのように。そうですね。しゃがんでおりました」

裁判長「手はどんな状態でしたか」

勇貴被告「僕が踏みつけておりました」

裁判長「どこを?」

勇貴被告「右手の甲です」

裁判長「あなたは何をしていましたか」

勇貴被告「多分話をしていたと思います」

裁判長「どのような話ですか」

勇貴被告「あまり記憶に残っておりません」

裁判長「記憶に残る会話は少しでもありますか」

勇貴被告「そのとき、その場所で聞いた会話かどうか分からないので、何ともお答えできません」

裁判長「あなたの中でほかのことと混同しているということですか」

勇貴被告「はい。おっしゃる通りです」

裁判長「どういうことと一緒になりましたか」

勇貴被告「一緒というより、頭の片隅に情報が残っている。そんなような感じです」

裁判長「直接あなたが聞いて残っている記憶か、あとで考えたことか区別がつかないということですか」

勇貴被告「『あとで』ということはないと思います」

「何を覚えているか」を順番に答えさせる、カウンセリングのような裁判長の質問はなおも続く。

裁判長「ほかに何を記憶していますか」

勇貴被告「そうですね…。デジタル時計の数字を覚えております」

裁判長「あなたの家にある?」

勇貴被告「はい。浴室です」

裁判長「どういう場面ですか」

勇貴被告「暗い中に青白い数字で4時7分、8分、9分、10分と進んでいるような感じです」

裁判長「あなたがどういう行動をしていたか、記憶はありますか」

勇貴被告「いいえ、ございません」

裁判長「ほかに記憶に残っていることは?」

勇貴被告「そうですね…。ほかにちょっと思い浮かびません」

ついに犯行当日の記憶が底をついた勇貴被告。裁判長はここで「本質」に切り込む。

裁判長「あなたは亜澄さんを木刀で殴った記憶はありますか」

勇貴被告「記憶と申し上げてよいのか、少し疑問であります」

少し虚を突かれた様子を見せた勇貴被告は、覚えているかどうかを明言しなかった。

⇒(2)「妹を引きずった時、血の道ができている−その場面が思い浮かびます」