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(3)心停止前、診断していれば…「9割以上成功」医師が救命可能性に言及

合成麻薬MDMAを一緒に飲んだ飲食店従業員、田中香織さん=当時(30)=に対する保護責任者遺棄致死などの罪に問われている元俳優、押尾学被告(32)の裁判員裁判第5回公判が続く。

検察側が請求した昭和大学医学部の救急救命医療の専門医が証言を続けている。法廷内の大型スクリーンには、MDMAで死亡したときに、体に起こる変化とその治療法を示した資料が映し出されている。証人は、死亡の過程で起こる、心停止や心室細動がどういうものか説明している。

検察官「MDMAで、全身に酸素が行き渡らなくなると、それ自体が心臓の機能を弱めてしまいますか」

証人「はい」

検察官「肺臓にも負担がかかり、肺水腫になりますか」

証人「(そう考えて)よろしいと思います」

検察官「田中さんの救命の可能性についてお聞きします。心室細動が起こる前に、救命センターに搬送できたことを前提に救命の可能性についてお聞きします。救急隊がMDMAを摂取した田中さんに接触したらどうしますか」

証人「救急隊は基本的には酸素を投与することができます。除細動器を使ったり、気道の確保をして、場合によっては、点滴もできます。意識状態が多少悪ければ、あごの先を少し上にあげるなど、気道の確保をして酸素を投与します。血液の中にどれくらい酸素がまわっているのかという酸素飽和度をはかるモニターを指先につけたりして搬送すると思います」

除細動器とは、AEDに代表される心臓に電気刺激を与える医療機器だ。証人は身ぶりを交えながら一息に話した。裁判員は聞き漏らさないように、真剣な表情で証人を見つめている。

検察官「救急隊からMDMAの患者さんをひきついだ場合、医師はどうしますか」

検察側は冒頭陳述で、「田中さんの容体急変から死亡までは約1時間あり、押尾被告が直ちに119番通報していたら救命することができた」と主張。これに対し、弁護側は「田中さんは急死で、救急車を呼んでも救命可能性は低かった」と反論している。

証人「多くの薬物中毒では、最終的に責任のある薬物が何か判明するのは時間がたってからです」

証人「気道を確保すること、場合によっては肺水腫などがあって、100%の酸素をマスクで与えても、十分に体に取り入れられないというときには、直接、肺臓に管を入れて、100%の酸素を流さねばならない。肺臓に管を挿管して、人工呼吸器につないで、体に酸素が十分にいくようにします。心臓は心電図をモニターします。血圧も測ります。脈拍が多くて、心臓に負担がかかるなら、コントロールする薬を使います。そして、集中治療室に患者さんを運んで、ディスカッションしながら治療します」

検察官「(薬物が)MDMAと分かっていたら治療はやりやすいですか」

証人「なんでこんなに体温が高いのか、あの薬の影響だよね、と。薬物が何か分かっていれば、治療をあらかじめ作戦の中に入れておけるので」

押尾被告は、ボールペンでメモを取っている。

検察官「体温が高くなるとどういう影響がありますか」

証人「非常に困るのは脳です。脳の蘇生(そせい)、もとに戻る力を弱めるので。脳が想像以上に痛んでいる場合は、(体温を)低くします」

証人は早口で証言を続ける。

証人「私たちの体の細胞はまともにきちっと生き続けるには、(体温は)37度程度に保たなければいけないんです。それが、ほ乳類の基本ですので。高体温は全く困った状態です」

押尾被告はメモを取っていた手を止め、右頬を軽くかいた。

検察官「救命行為をしたなら、心室細動が起こった可能性は低いですか」

証人「それは分かりません。胃袋に薬が残っているという状況を想定するなら胃を洗浄しますが、そうは言っても、胃をきれいに洗ったところで、腸に流れていって、吸収される可能性はある。治療を開始しても心室細動は起こる可能性はありますが、薬が何なのか分かるというなら、どんなことが起こるか想像できるので、心室細動が起こるのも想像できます」

検察官「医師の前で心室細動が起こった場合、除細動の成功率はどうですか?」

証人「9割以上が成功することになると思います」

押尾被告が速やかに通報していれば田中さんの救命の可能性はあったのではないか−。検察官は質問を続けていく。

⇒(4)中毒から死亡まで「数十分」と専門医 「致死量超えても…」とも証言