Free Space

(1)「食っちゃったんだよね」被害女性が知人に漏らした意味は…

合成麻薬MDMAを一緒に飲んで容体が急変した飲食店従業員、田中香織さん=当時(30)=を放置して死亡させたとして、保護責任者遺棄致死など4つの罪に問われた元俳優、押尾学被告(32)の裁判員裁判第2回公判が6日、東京地裁(山口裕之裁判長)で始まった。3日の初公判で保護責任者遺棄致死罪について無罪を主張した押尾被告。今公判では、過去に押尾被告と“ドラッグセックス”を楽しんだ元交際女性らが証人として出廷する予定で、検察側は押尾被告の無罪主張を切り崩す方針だ。

「私は田中さんにMDMAを渡していないので、保護責任はありません。私は田中さんを放置しておらず、無罪です」−。押尾被告は初公判で、用意した文書を堂々と読み上げ、検察側との対決姿勢を鮮明にしてみせた。

また検察側、弁護側それぞれの冒頭陳述により、裁判での争点が明確に示された。

まずは押尾被告がMDMAを田中さんに渡したとするMDMA譲渡罪。検察側は押尾被告が友人の泉田勇介受刑者(32)=麻薬取締法違反罪で懲役1年の実刑確定=から受け取ったMDMAを田中さんに渡したと主張。弁護側は泉田受刑者からMDMAを受け取ったことは認めながらも、検察側が指摘する錠剤10個ではなく粉末で未使用だとし、MDMAは田中さんが用意したと反論する。

そして最大の争点が、押尾被告に田中さんの救命が可能だったかどうか。つまり保護責任者遺棄致死罪成立の可否だ。検察側は田中さんが事件当日の午後5時50分ごろに中毒症状を見せ始め、午後6時ごろには悪化し、午後6時50分前後に死亡したと指摘。午後6時ごろまでに押尾被告が119番通報すれば田中さんは助かったと主張する。一方、弁護側は、田中さんが自分で持ち込んだMDMAを自発的に飲んだとし、そもそも押尾被告に保護責任は生じないとした上、死亡時刻は午後6時ごろで、119番通報しても救命できなかったと反論する。

今回の事件は、押尾被告と田中さんだけの密室で起きたもので、押尾被告以外に当時の状況を知る人間がいない上、救急車を呼べば確実に救命できたことを証明する必要があるため、検察側に課せられた立証のハードルは高いとされる。

このため、検察側は電話やメールのやり取りのほか、現場に駆け付けた押尾被告の関係者らの証言などによる状況証拠の積み上げで有罪を立証していく方針とみられる。この日、検察側が請求した証人の口からは何が語られるのか。そして裁判員たちは、どう判断していくのだろうか。

法廷は東京地裁最大の広さを誇る104号。開廷時間を過ぎた午前10時6分、山口裁判長の指示で押尾被告が、向かって左側の扉から入ってきた。黒いスーツに白いワイシャツ姿。初公判のときと同様、表情は暗く目つきは鋭い。傍聴席に目を向けることなく、向かって左側の弁護人席の横に腰を下ろし、男性弁護人と一言二言交わした。男性4人、女性2人の裁判員も入廷し、10時8分、山口裁判長が声を上げた。

裁判長「それでは開廷します」

まず検察官が、7日に証人尋問を予定していた押尾被告の知人のA氏が、親族に不幸があったため、9日15時50分に変更したいと申し出て了承された。

続いて山口裁判長が証人尋問の開始を指示し、この日1人目の証人が、向かって右側の扉から入廷してきた。短髪で恰幅(かっぷく)の良いスーツ姿の中年男性で、山口裁判長に尋ねられて名前を名乗った。押尾被告は男性に目をやったが、無表情のままだ。男性が偽証しないという宣誓書を読み上げた後、女性検察官が立ち上がり、尋問を始めた。

検察官「あなたは芸能プロダクション会社を経営していますね」

証人「はい」

検察官「田中さんと生前、付き合いがありましたか」

証人「はい。ありました」

検察官「いつごろからですか」

証人「(知り合って)4年くらいです」

証人は、田中さんが親しくしていた知人のようだ

女性検察官は、裁判員を意識しているのか、かなりゆっくりとした口調で証人に質問していく。

検察官「知り合ったいきさつは?」

証人「知人の紹介です。新宿の居酒屋で紹介を受けました」

検察官「何と言って紹介されたのですか」

証人「本人(田中さん)が新宿で働いていて、銀座で成功したい、と。何とか応援してもらえないか、と。お店を紹介したりとか…」

検察官「銀座で何を…」

証人「ああ、ホステスです」

検察官「田中さんはどんな人柄ですか」

証人「皆さん初対面で会えば分かると思いますが、相手が大物でも小物でもうそ偽りなく、フラットに付き合っていける雰囲気を持った人です」

女性検察官は、押尾被告との関係について尋ねていく。押尾被告は机の上に資料を広げているが、両手はひざの上に置いている。

検察官「生前、田中さんから押尾被告のことを聞くことはありましたか」

証人「ありました」

検察官「いつごろですか」

証人「田中さんが亡くなる前の年の暮れです」

検察官「平成20年の年末ということですね」

証人「はい」

検察官「どこで聞きましたか」

証人「私の会社です」

検察官「田中さんはどんな風に被告人のことを話していましたか」

証人「(田中さんが)会社に遊びに来て、雑談の中でおもむろに、「○○(法廷では実名)の××(同)会長を知っている?」という話から、彼の話になりました」

検察官「○○の××会長とは?」

証人「私は直接会ったことはありませんが、パチンコ業界の大物といわれていて、いろんなスポンサリングをしている人です」

検察官「その××会長と被告人の関係を知っていましたか」

証人「(××会長が押尾被告を)いろいろかわいがっていると聞いていました」

左から2番目の男性裁判員は、ペンを片手にほおづえをついて聞き入っている。

検察官「話は戻りますが、あなたの事務所で田中さんは××会長の話をどのようにしていましたか」

証人「お店に来たという話をしていました」

検察官「誰と誰が来ていたと話していましたか」

証人「押尾被告と××会長ともう一人の3人です」

検察官「田中さんは××会長の担当ホステスだったのですか」

証人「いや、本人はぺーぺーで、補佐役でした。業界でいう“ヘルプ”という立場でした」

検察官「田中さんは押尾被告のことは何と言っていましたか」

証人「『食っちゃったんだよね』と」

検察官「『食っちゃったんだよね』とは、どういう意味ですか」

証人「肉体関係を持ったということです」

押尾被告はうつむき加減で無表情を崩さない。

検察官「あなたはそれを聞いてどう思いましたか」

証人「正直、彼(押尾被告)と会うのは今日が初めてですが、女性関係が盛んだと聞いていたので、『気をつけろ』みたいなことを言いました」

検察官「田中さんがほかに芸能人の交際相手がいたと聞いたことはありますか」

証人「聞いたことないです」

検察官「交際相手はどんな人が多かったですか」

証人「年配の人が多かったです」

検察官「田中さんが、押尾被告と関係を持った理由について尋ねましたか」

証人「最初はタレントだからということなのかなと思ったのですが、彼女は上へ上へと(成功を)目指していたので、(押尾被告の)取り巻きが大きいと主張していました」

⇒(2)「性癖が変なのと付き合ってる」「薬を飲ませたがる」 浮かび上がる被害女性の困惑