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(下)相手の立場に立って物事を見ようとしない被告「最後の瞬間まで内省を」

 検察官は鈴木芳江さんの殺害が計画的なものではないことは認めつつ、江尻美保さんが家族と同居していることを知っていた林被告が、平日の朝に3つもの凶器を持参していることから、「障害を排除してでも江尻さんを殺害する意図を有していたことは合理的に推認でき、鈴木さんの殺害は計画に伴う必然的な結果だ」と主張している。

 林被告がペティナイフ、果物ナイフやハンマーを持参したことは、江尻さんに対する殺意がそれだけ強固であり、障害が生じた場合、これを排除するつもりだったことをうかがわせるものといえる。だが、林被告が、具体的な障害として、江尻さんの家族のことを考えたことをうかがわせる証拠はない。

 林被告は「江尻さんにもう会えない」との絶望感から、抑鬱状態を悪化させて憎しみを募らせ、ついには殺意を抱くに至ったと認められる。犯行のころは、その思いにとらわれ、家族のことまで具体的に想定していなかったとしても不自然とは思われない。

 林被告が鈴木さんを殺害したのは、江尻さん殺害の目的を遂げるためであったとしか考えられない。林被告は、鈴木さんの頸部(けいぶ)などを少なくとも16回突き刺すなどしている。黙らせるために、これほどの回数突き刺す必要がなかったことは明らかである。

 それにもかかわらず、林被告が何の恨みもない鈴木さんに、これほど執拗(しつよう)かつ残虐な攻撃を加えたのは、林被告が、江尻さんに対する殺意にとらわれている心理状態で、鈴木さんに遭遇するという想定外の出来事によって激しく動揺した結果である。

 鈴木さん殺害後、そこで犯行を思いとどまることなく、江尻さんの殺害を実行しているのも、それほど江尻さんの殺害にとらわれていたからと考えられる。

 林被告が、鈴木さん殺害後、江尻さんの殺害を実行する一方、江尻さんの母親や兄に攻撃を加えていないことはこれを裏付けるものである。

 そうすると、鈴木さんの殺害は計画性が認められず、林被告にとっても想定外の出来事だったというべきである。鈴木さんの殺害が、「計画に伴う必然的な結果」とする検察官の主張は採用できない。

 さらに、林被告は罪を認めるとともに、事件直後から事件を起こしたことを後悔し、反省の態度を示している。

 もっとも、林被告が、正面から事実と向き合って本当の意味で反省を深めているとは認められない。

 証拠によると、江尻さんは林被告のことを上客として大切にしていたものの、林被告が江尻さんに対して持っていたような思いを持っていなかったことは明らかである。林被告は、江尻さんに対する思いを募らせ、会えないことを悩むうちに抑鬱状態に陥り、最終的には強い殺意を抱くほど、江尻さんに対する強い愛情を有していたことは明らかである。

 今となっては、江尻さんへの強い愛情を持っていたがゆえに、犯行を引き起こしてしまったことを直視し、江尻さんの気持ちを誤解して、一方的に感情を募らせて犯行に至ったことについて、反省を深めるべきである。

 しかし、林被告は恋愛感情という言葉の定義にこだわり、「江尻さんに対して恋愛感情は持っていなかった」「どうして来店を拒絶されたのか、その理由が分からなくて悩むようになった」などと述べるにとどまっている。そのようなことにこだわるのでは、事件を真剣に振り返り、本当の意味での反省をしていることにはならない。

 林被告が遺族にあてて書いた手紙を読んでも、林被告なりに誠意を伝えようとしていることはうかがわれるものの、相手にどのように伝わるかという配慮が決定的に不足している。

 犯行に至った最も大きな原因は、相手の立場に立って物事を見ようとしない林被告の人格や考え方にある。それなのに、公判の最後になってもなお、そのことに気付かない、あるいは気付こうとしない林被告の言動には許し難いものがある。遺族が林被告の言動に強い怒りを覚えるのも当然である。

 しかしながら、林被告の言動や態度は、人格の未熟さ、プライドの高さなどに起因するものである。ことさら江尻さんの名誉を傷つけたり、遺族を傷つけたりしようとする意図があったとまでは認められない。

 また、今現在、林被告が置かれた立場からすると、林被告が必要以上に防御的になるのは理解できないことではない。「死刑を選択すべきか」という観点でみれば、林被告が事件直後から後悔し、林被告なりに反省の態度を示していることは、相応に考慮すべきである。

 林被告には前科がなく、20年以上勤続した会社で対人的に大きなトラブルを起こすことなく、まじめに働いていた。これらのことも、「死刑を選択すべきかどうか」という観点でみれば、酌むべき要素である。

 死刑は、それ自体が人の生命を奪う究極の刑罰である。すでに述べたような事情、とりわけ、本件は、林被告の反社会的で残虐な人格ゆえに起きた犯行ではなく、未熟な人格の林被告が、江尻さんの気持ちを理解することができず、一方的に思いを募らせた結果、抑鬱状態に陥り、思い悩んだ末に起こしてしまった事件である。

 林被告には、この裁判を契機に、江尻さんと鈴木さんの無念さや遺族の思いを真剣に受け止め、人生の最後の瞬間まで、なぜ事件を起こしてしまったのか、自分の考え方や行動のどこに問題があったのかについて、常にそれを意識し続け、苦しみながら考え抜いて、内省を深めていくことを期待すべきではないかとの結論に至った。

⇒被害者の父「悔しくて涙も出ない」「反省示せばいいのか…」