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(10)「女性関係に不慣れで未熟」精神鑑定した医師が証言

東京・秋葉原の耳かき店店員、江尻美保さん=当時(21)=ら2人を殺害したとして、殺人などの罪に問われた元会社員、林貢二被告(42)の裁判員裁判は、林被告の精神鑑定を行った鑑定医の証人尋問が続く。

鑑定医は、裁判員にも分かるように、精神鑑定における専門用語の説明を進めている。法廷内の大型モニターに専門用語が並び、鑑定医は言葉の定義を早口で説明していく。

鑑定医「『抑鬱(よくうつ)反応』という言葉は『病名』です。『抑鬱状態』という言葉は病名ではありません。状態です。『抑鬱症状』は症状のことで、風邪でいうせきやたんのようなものです」

さらに、鑑定医は林被告の鑑定を行った際、『気分が落ち込む』『集中できなくなる』『眠れなくなる』『食欲がなくなる』『悲観的になる』などの抑鬱状態が認められたと説明した。

鑑定医「抑鬱状態を主とする病気は2つあります。内因性のものと心因性のものです。内因性のものは脳の異常により起こり、一般には何の原因も見あたらないのに鬱の症状がでることです」

「心因性のものは、ある出来事など、心の原因、心因によって起こるものです。『脳』の病気が内因性鬱病、『心』の病気が心因性鬱病です。被告人の心因と置かれた状況を検討していきます」

鑑定医は法廷内のモニターに事件の経緯を表示し説明を続ける。

鑑定医「被告人は被害者と通常の店員と客の関係を超えた長時間を過ごし、心理的距離が縮まっていました。被告人は過去に経験したことのない環境になりました」

「21年6月には被害者との関係の破綻(はたん)を意識し、抑鬱症状が出現します。抑鬱状態になります。事件とこの時期は近く、関係があります」

「続いて、被告人の性格や人格をみていきます。被告人は自己の価値観にとらわれ、こだわりが強い傾向があります。女性への一方的、独断的な思考があり、女性関係に不慣れで未熟でした」

「被告人には内因性鬱病にみられる、朝つらく夕方に気が楽になるなどの気分変動がありません。さらに、被害者との関係修復のため行動しており、意欲低下は高度とはいえません。絶望感も被害者に対する限定的なもので、自分の存在すべてに絶望感を抱いたわけではありません」

また、鑑定医は妄想などの症状がないことを指摘。『街を歩くと疎外感を感じる』という林被告の心理はカップルや家族を見たときの限定的なもので、『抑鬱状態の妄想ではない』と説明した。

鑑定医「診断をまとめると、被告人は女性関係が未熟で、被害者と過去経験したことのない女性との環境を経験しました。関係を修復したいという行動は一般的に理解可能で、心因性抑鬱反応と診断しました」

左から2番目の女性裁判員は考え込むように鑑定医の証言に聞き入っている。

鑑定医「本件当時、心因性抑鬱反応であり、脳の病気ではありませんでした。この場合、(精神鑑定では)物事の善悪を判断し、行動をコントロールする能力があると判断します」

「また、抑鬱反応の中でも、気分の日内(にちない)変動、考えが進まない、体が動かない、妄想の重い症状は認められません。少なくとも重症ではないといえます。軽症から中症と評価できます」

続けて、鑑定医は犯行時の林被告の精神状態についての説明に入った。

鑑定医「被告人は凶器を準備しており、計画性があります。少なくとも美保さんの殺害については衝動的ではありません。また、侵入前に躊躇(ちゅうちょ)しており、違法性を認識しています。祖母(の殺害)は予定外ですが、合理的で目的遂行のための行動と認められます」

「犯行後、救命や通報、逃亡はしていませんが、血を洗う、うろたえるなどは十分取りうる行動です。『私がやりました』と警察官に申告したことは違法性を認識していたことになります。抵抗なく逮捕されたことは、自分の置かれた状況を理解していることになります」

さらに鑑定医は林被告の犯行時の一部の記憶の欠落は、殺人などの行為をした際に引き起こされる一般の反応だと指摘して、犯行時の精神状態をまとめた。

鑑定医「まとめです。計画性があり、違法性を認識していた。一連の行動は合理的で一貫しています。病的な行動は観察されず、抑鬱反応の影響はないと認められます」

「一般的に理解可能な動機で、抑鬱反応は重症ではない。判断や行動のコントロール能力はまったく低下していないと判断しました」

さらに鑑定医は、林被告が膠原(こうげん)病の全身性エリテマトーデス(SLE)の治療中で、SLEにより認知障害を引き起こす事例が報告されているが、SLEによる鬱病の可能性が低いことも補足。精神鑑定の報告を終了した。若園敦雄裁判長が口を開いた。

裁判長「(公判では)責任能力は争いになっていませんが、当時の経緯や動機の形成、心理状態に酌むべきものがあると弁護人が主張しています。弁護人からの質問に答えてくださいね」

弁護側の鑑定医への証人尋問が始まった。

弁護人「被告が殺意を抱いた時期はいつでしょうか」

鑑定医「正直あまり確信はないですが、当日の朝だと思います」

弁護人「美保さんへの殺意ですね」

鑑定医「はい」

弁護人「被告人の美保さんへの殺意の形成をどう説明できますか」

鑑定医は上体を少し後ろにそらし、考えてから答える。

鑑定医「被告は美保さんを信頼していたことはいえます。美保さんがどう思っているかは違うとしても。拒絶され、どうしてそうなったか分からない、理解できない、それが原因になってどんどん感情が出てきて殺意の方向に流れていったと思います」

弁護人「分からないとは困惑状態だったということですか」

鑑定医「被告の立場では、美保さんの態度に困惑はあったと思います。いろいろアクションを起こして成功しない。困惑して別の感情に変わっていったと思います」

鑑定医は目線を上げ、考えるように話す。

弁護人「被告は問題なく社会生活をしていたのに、犯行前にはおかしな行動をとっているのに本人はおかしいと思っていない。どういう心理なのか」

鑑定医「それは本人の置かれた状況、性格、人格で説明できます。真剣交際したことがないこともあり、美保さんに、表現には議論があるが、かなりの好感を抱いていたことは間違いないです。長い間、好感のある人と一緒にいられる状況が続き、それが突然破綻した。それがおかしな行動になり、客観視することができなかったのです」

さらに、弁護人は江尻さんの林被告への態度が動機に影響しているか質問。鑑定医は「被告人の場合、影響していると思う」と述べた。

弁護人「結論として、好意が殺意に変わるのは、どこで変わるのか説明できますか」

鑑定医「精神鑑定ですべて分かるわけではないですが、一般の人も思いますが、こういったことはよくあると思います」

左端の女性裁判員は両手の指先を組み考え込んでいる。

⇒(11)「店員と客の関係超えた感情」 被告の心理を鑑定医が分析