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(3)「怖い」「自分の家がばれている」…ストーカーにおびえる被害者は催涙スプレーで“武装”

男性検察官による耳かき店の男性店長、Xさん(法廷では実名)への証人尋問が続いている。ストーカー行為の末、耳かき店店員、江尻美保さん=当時(21)=ら2人を殺害したとして、殺人などの罪に問われた元会社員、林貢二被告(42)は、暗い表情でうつむきながら聞いている。

林被告に駅前で待ち伏せされるなどストーカー行為に悩んでいた江尻さんのため、店では江尻さんを送り迎えするなどの対応策を取っていたようだ。

林被告は店で、「吉川」という偽名を名乗っていた。平成21年のゴールデンウイーク(GW)の終わりごろ、江尻さんから、帰宅途中に「吉川が現れた」と連絡があり、証人の店長は逃げるように指示を出したという。

検察官「GW後は(送り迎えなどは)どうしましたか」

証人「1カ月ぐらいは続けていたと思います。7月頭ぐらいまでは」

検察官「送っていた間は被告が現れることがありましたか」

証人「なかったです」

検察官「送り迎えをやめたのはなぜですか」

証人「江尻さんは気を使うというか、仕事で疲れている人に送らせるのも悪いと思ったようで、『大丈夫』と言っていたので、7月上旬にいったん終了しました」

ここで若園敦雄裁判長が質問した。

裁判長「(送り迎えの時期について)証人はGWの終わりから1カ月だとさっき言っておりましたが、7月の頭というのは?」

時期が合わないことについて確認したいようだ。

検察官「記憶を整理してみて、送り迎えの時期はいつからいつまでですか」

証人「GWの終わりから7月上旬までと記憶しています」

検察官「その後、異変はありましたか」

証人「7月19日に、江尻さんから電話がありました。(帰宅途中に)吉川に腕をつかまれてびっくりした、と」

検察官「電話は何時ごろですか」

証人「夜11時前後だったと思います」

検察官「何をしているときですか」

証人「帰り道です」

検察官「どういう指示をしましたか」

証人「そのあたりは夜、人が少ないので、人がいるところに逃げてと言いました。コンビニでもいいから人がいるところに逃げるよう指示しました」

検察官「江尻さんはどうしたのですか」

証人「誰が通報したのかは分かりませんが、警察が来て一緒に帰ったと聞きました」

検察官「あなたはどうしましたか」

証人「電話を受けてタクシーで新橋に向かい、系列店の男性店長Y(法廷では実名)と合流しました。ストーカーと思っていたので、捕まえてやろうと思いまして、新橋駅から江尻さんの自宅までの道を探しました」

検察官「そのときは被告と会いましたか」

証人「会わなかったです」

検察官「江尻さんとは?」

証人「吉川がいるかもしれないので見回って、江尻さんの自宅の前からメールすると、安心した様子で家から出てきました」

検察官「その後はどうしましたか」

証人「翌日からまた送り迎えをするようになりました」

検察官「何日ぐらいですか」

証人「1週間ほどで、また大変だろうからと江尻さんが言って、やめました」

検察官「江尻さんは被告を怖がっている様子でしたか」

証人「怖いということを周りにも伝えていました」

検察官「どんな様子から怖がっていると分かりましたか」

証人「自分を守るものを携帯していました」

検察官「例えばどんなものですか」

証人「防犯ブザーや催涙スプレーを携帯していたようです」

裁判員は一様に真剣な表情で、手元の資料を見ている。

検察官「それは『吉川対策』ですか」

証人「そうです」

検察官「江尻さんと吉川対策について話をしましたか」

証人「自分の家がばれているので、寮はないか、寮に住みたいと相談していました」

検察官「ほかには? 警察に届けるかどうかについては?」

証人「江尻さんが、家族に迷惑がかかるし、不安に思うだろうということで、それはいいと言ってしませんでした」

検察官「江尻さんは眼鏡をかけていましたか」

証人「通勤のときはかけていたと思います」

検察官「度は入っていましたか」

証人「入ってないと思います」

検察官「伊達眼鏡ということですね」

証人「そうです」

検察官「なぜかけていたのですか」

証人「変装だと思います。吉川に分からないように」

検察官「7月19日のあと、異変はありましたか」

証人「…」

証人の男性店長は言葉に詰まり、沈黙が続いた。

証人「すみません、緊張してぱっと出ません」

検察官「7月19日のあとはどういう異変がありましたか」

証人「8月に入ってから、8月1日に江尻さんに母親から、家の前を吉川らしき男がうろうろしていると連絡があったようでした」

検察官「8月2日はどうしましたか?」

証人「今までのことがあったので、吉川はストーカーだと思っていましたので、捕まえて警察を呼ぼうと思っていました。店から駅まで江尻さんと母親が歩き、その後ろを私が距離を置いて歩いて送りました」

検察官「(自宅の最寄り駅の)新橋駅についてからはどうですか」

証人「系列店の男性店長のYさん(法廷では実名)を呼んで、駅まで後ろをついていくようにしました」

検察官「何のためでしょうか」

証人「また腕をつかまれたり吉川が現れるのではないかと思い、こちらも苦しめられていたので、警察に突きだそうと思いました」

検察官「元気な姿の江尻さんを見たのはそのときが最後ですね?」

証人「そうです。その帰り道が最後です」

検察官「どんな様子でしたか」

証人「不安そうでした」

事件が起こったのはこの翌日のことだった。

⇒(4)被告は「自分の中では存在しないことになっている」…犯行で風評被害に悩まされた店長の心中は?