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(9)「妹を元に戻して」「祖母を今すぐ返して」… 続く家族の訴えに目頭を押さえ、震える被告

耳かき店店員、江尻美保さん=当時(21)=ら2人を殺害したとして、殺人罪などに問われた会社員、林貢二被告(42)の裁判員裁判は、男性検察官によって江尻さんの兄の供述調書の朗読が行われている。

検察官「『お兄ちゃん』といって後ろをついてくるかわいい妹でした。祖父が亡くなったときは落ち込んでいる祖母を心配していました。充実していました」

江尻さんとの思い出が兄の率直な言葉で語られていく。

検察官「妹の夢はいまだ聞けずにいます。妹は優しいごく普通の女の子でした。きっと聞けば優しい気持ちになる夢だったのだろうと思います」

兄の調書は事件の発端へと近づいていく。

検察官「母からストーカーのことは少し聞いていました」

林被告の話は母だけでなく、家族の中でも問題となっていたようだ。

検察官「昨年7月下旬、廊下で母と妹が話していました。母が『大丈夫なの』と聞くと妹は『大丈夫』と気丈に答えていました」

「妹は気を使いすぎるところがありました。本当は怖くて仕方がなかったのに、心配をかけたくないためだったのかもしれません」

裁判員たちは時折、目をつむるなどして兄の供述調書に聞き入っている。朗読は事件以降の部分に触れた。

検察官「事件後、母は体調を崩し、父と私と交代で付き添っています。精神的にいっぱいいっぱいです」

調書での兄の心情の吐露は事件以降の部分になると急に激しくなった。

検察官「妹が何をしたというのですか。いかがわしくない普通のアルバイトをして、普通の女の子として生活していました。結婚して子供を産み、当たり前の幸せをはぐくむはずだったのに、犯人は根こそぎぶち壊したんです。妹を元に戻してください!」

「祖母を今すぐ返してください。優しい生活を返してください。2人にはなんの落ち度もないのに、私たちのそばからいなくなって、家族は崩壊寸前です」

検察官が読み上げる兄の悲痛な訴えを林被告はじっと聞いている。

検察官「犯人は何をしたのですか。祖母は相当ひどい殺され方だったようです。妹も相当ひどく刺されたようです」

「家族を惨殺された心の痛みを想像できるのですか。犯人のことは考えたくありません。許すなんて論外です。自分自身を惨殺してください。できないのなら死刑にしてください!」

『死刑』という言葉が法廷に響いた。裁判員たちの表情は変わらないままだ。

次に女性検察官が、江尻さんの祖母の鈴木芳江さん=当時(78)=の長男で江尻さんの伯父にあたる男性の供述調書の朗読に移った。

検察官「母は優しさの中にも強さを持っていました。父は仕事が忙しく、母にいろんなところに連れて行ってもらいました」

林被告はため息をついて下を向いた。

検察官「母は子や孫に囲まれ、幸せに暮らしていました。『子供が幸せになってくれれば一番いい』が口癖で、母の遺品を整理していたら孫との写真が出てきました」

大型モニターには鈴木さんと家族の写真が1枚、2枚と映し出されていく。

検察官「母は文章を書くのが好きで、エッセーや俳句コンクールに応募していました」

鈴木さんのエッセーは『新橋日和』という本として出版されている。女性検察官はその中から「三つの幸せ」という文章を朗読し始めた。

検察官「結婚時に父から『人間の幸せの原点はこの3つ以外あり得ないんだよ』と教えられた。1つはいい親をもつこと、2つ目はいい配偶者をもつこと、3つ目はいい子供をもつこと」

「最近痛ましい事件の連続だ。何か欠けているに違いない。そんなニュースに接するにつけ、人の幸せを考えてみる」

そして『三つの幸せ』はこう結ばれる。

「私は賢い父と愛情深い母に恵まれ、まあまあの夫と暮らしている。まあまあの子供たちがもてた。6人姉妹も健在で仲がいい。(中略)今度姉妹会もする。4つめの幸せだ」

朗読を聞いていた林被告が、青いハンカチを取り出し、目頭を押さえてうつむいた。はなをすする肩が小刻みに震える。

続けて女性検察官は『孫との日々』というもうひとつのエッセーも紹介する。

江尻さんや兄が幼かったころ、共に過ごした日々がつづられている。話は江尻さんの誕生時のエピソードにも及んだ。

検察官「美保は今9つ。9年前、切迫流産で99%助かる見込みがないと先生から告げられて、その言葉に凍り付いた」

「幸せにも1%の命の灯火は消えることなく、美保は今日も全身に太陽を浴びて鞠(まり)のように走っている」

幸せな日々を突然奪われた2人の無念はどれほどだっただろうか。

検察官の朗読は伯父の供述調書に戻る。

検察官「父は(昨年)7月に亡くなった。私はこれから母にゆっくりしてもらおう、親孝行をしようとしているところでした。母は健康で、5年10年は元気に生き続けると思っていました」

「母は犯人から家族を守ろうとしたと思います。しかし、無防備な母は殺害されました。どうして何の落ち度もない母親が殺されないといけなかったのか分かりません」

遺族の調書を読み上げる検察官をじっと見つめていた女性裁判員の目が赤くなった。

検察官は続いて、伯父の処罰感情について読み上げる。

検察官「絶対許せません。母親やめいが受けた苦痛を受けてもらいたい」

この日は検察官が最後に林被告の戸籍の記載について再確認した後、若園敦雄裁判長がこの日の審理の終了を告げた。

若園裁判長が20日の第2回公判の予定について、耳かき店関係者と思われる個人名を挙げた上で、その人たちへの証人尋問などが行われることを説明し、退廷を促した。

林被告はうつむいたまま硬い表情で退廷した。

⇒検察側冒頭要旨(上)しつこく食事に誘う被告、耳かき店長は出禁に」