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(4)「殺害容疑をそらすため豪憲君事件に及んだ」

公判は午後1時15分に再開した。米山豪憲君の両親はうなだれ、憔悴(しょうすい)した様子が見て取れた。畠山鈴香被告は軽く一礼をしながら入廷。傍聴席の遺族に視線を送ることはなかった。

竹花俊徳裁判長は豪憲君殺害の動機について述べ始めた。控訴審の被告人質問で、「分からない」を連発した鈴香被告に、裁判長が「(捜査段階や1審で供述した)これまでの殺害動機は全てうそなのか。本当の話をしていないのではないか?」と苦言を呈し、質問を重ねてきた控訴審の核心部分だ。

裁判長はまず、検察側の控訴理由と1審判決のズレをまとめた。

裁判長「検察官のいう豪憲君殺害の動機は、警察やマスコミ、近隣住民への憎悪による攻撃衝動の爆発と、鈴香被告への彩香ちゃん殺害の疑いをそらすため。また、殺意の発生時期は遅くとも豪憲君を自宅に招いた時点としている。一方、1審判決では、彩香ちゃん殺害の疑いをそらすという目的を認めず、殺意が発生した時期も自宅に招き入れた後と認定している」

その上で、高裁の判断を明らかにしていった。まず検察側の控訴理由は“失当”と指摘。

裁判長「真の動機が控訴理由のとおりであれ、1審判決の認定どおりであれ、豪憲君殺害・死体遺棄の犯行態様に違いはない。1審の殺意発生時期に対する事実誤認(という控訴理由)も、豪憲君殺害の犯罪事実認定には影響せず失当だ。全体としても、用意周到な計画的犯行とまでいえない」

検察側の控訴理由を失当として退ける一方、裁判長は豪憲君事件を理解し、情状を把握するには動機を検討する必要性がある、として判断結果を明らかにしていった。

裁判長「鈴香被告は、豪憲君事件の動機として、(1)彩香ちゃんがいなくなったのに豪憲君が普通に生活していることへの嫉妬心や反感(2)子供を被害者とする事件を起こすことで警察に彩香ちゃん事件の再捜査を促す−の2点を供述している」

裁判長はこの供述に疑問を呈した。

裁判長「動機(1)は、豪憲君殺害という行為に至るまでかなりの距離があり不自然、不合理。捜査段階の簡易精神鑑定は(この距離を埋めるべく)鈴香被告の『過激な攻撃性』と説明するが、事件前に鈴香被告の攻撃性は認められず、彩香ちゃん殺害も全体として過激な攻撃性が現われたものとはいえない」

続けて、動機(2)への検討に転じた。

裁判長「動機(2)も、豪憲君事件の犯人捜しは始まっても彩香ちゃん事件の捜査に結びつくとは限らず、極めて不自然、不合理」

裁判長は、鈴香被告の供述を元に下された1審での豪憲君殺害動機を否定してしまった。

裁判長「1審判決が動機(1)(2)を豪憲君殺害動機と認定したのは誤りというほかない」

結局、裁判長は、検察側の提示してきた犯行動機を合理的として同意した。

裁判長「彩香ちゃん殺害の疑いを他人にそらすため、豪憲君事件に及んだという見方は十分合理的で説得力がある」

その理由は少なくても5点あるという。

裁判長「(1)鈴香被告が、彩香ちゃん殺害の記憶を十分持っていながら、行方不明になっているとし、わざと探すふりをしている」

「(2)警察に彩香ちゃん事件を事故ではなく殺人として捜査するよう促したのも、鈴香被告の母親などの手前、そのような行動を取らざるを得なかった」

「(3)自己防衛心理の強い鈴香被告が、彩香ちゃん殺害の疑いが自分に及ぶのを恐れ、それをそらそうとすることは考えられる」

「(4)鈴香被告自身が、犯人が自分と思われないような子供を被害者とする事件を起こそうとし、たまたま豪憲君事件の犯行に至ったと供述している」

「(5)場当たり的な性格から豪憲君事件で、彩香ちゃん事件の捜査がかく乱されるのではないかと考えることはあり得る−」

裁判長は、豪憲君を殺害した動機に関する鈴香被告の捜査段階の供述は、信用に値しないとの見解を示し、その理由も推測した。

裁判長「鈴香被告の自白調書の信用性は基本的に高いが、豪憲君事件の動機については信用性は認められない。(過失致死ではなく)彩香ちゃん殺害を認めることに繋がる豪憲君事件の真の動機は隠しておきたかったと推測できる」

しかし、1審同様、計画的殺人ではないとの結論を下し、豪憲君事件への判断を締めくくった。

裁判長「1審判決が殺意が発生した時期を『豪憲君を自宅に招きいれた後』とするのは誤りだが、あらかじめ近所の子供を殺害しようと用意周到に計画して機会を狙っていたわけではない」

⇒(5)「殺害目的に向けて合理的な行動」