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(8)「えー、もう一度お願いします」ビデオリンク方式の影響?

事件現場となった秋葉原の交差点で、若い男性が加藤智大(ともひろ)被告(27)に切りつけられるのを目撃したという男性証人の「ビデオリンク方式」による尋問が続いている。検察官に続いて弁護人が事件当時の様子について質問を始めた。

弁護人「(事件当時、大型電器店の)ソフマップのそばにいたということでいいですか」

証人「そうです」

弁護人「車道側というか交差点内にいっていたことはないですか」

証人「えー、もう一度お願いします」

法廷内のスピーカーから、よく通る声で証言する証人だが、別室で尋問に応じるビデオリンク方式のためなのか、弁護人の質問を理解しにくいようだ。

弁護人「車道側に立っていたことはないですか」

証人「はい」

弁護人「犯人を見たときのことをお聞きしますが、ナイフを持って手をどのようにして走っていましたか」

証人「私が見たのは(ナイフを)下げていました」

弁護人「証言した人の中には手を肩まであげて、広げていたという人もいましたが、そこまでは見ていないですか」

証人「はい」

弁護人「犯人は何か声を発していましたか」

証人「周りの声がだいぶあったので、犯人の声と分かるものは聞こえていません」

証人尋問によって何度も再現される犯行当時の情景。加藤被告は、一点を見つめたままだが、一瞬、みけんに手をやった。

弁護人「交差点内で倒れていたのは、Aさんのほかに見ませんでしたか」

証人「Aさんのほかには見ていません」

弁護人は「質問を変えます」と言い、事件後の証人の供述について聞いていく。

弁護人「あなたが事件の後、10日くらいして警察官に事情聴取を受けて話した内容についてですが、あなたは交差点内に出る勇気がなくて、人垣の間から交差点を見ていたという話がありますが、その通りですか」

証人「人垣の前から見ていました」

弁護人「人垣から交差点の方と?」

証人「はい」

弁護人「人垣が邪魔で被告が見えなかったということですか」

証人「人垣もありますが、自分自身、状況が飲み込めず、パニックになっていたこともあるので、記憶にないのかもしれません」

弁護人が「ここで写真を示してもらえますか。甲4号証を示します」と検察官に促した。3人の検察官は分厚い資料をめくって「これですか」などと言うが、弁護人が望んだものとは違うようだ。このとき、加藤被告は、うつむき加減だった顔を上げ、弁護人や検察官のやり取りを眺める。ようやく写真が見つかったようだ。

弁護人「この写真が見えますか」

証人「はい」

弁護人「ソフマップの方からは、こんな感じですか」

証人「はい。そうです」

ここで弁護人は、「聞きにくいことをお聞きして申し訳ないですが…」と前置きして、証人の視力について質問する。

弁護人「あなたが検察官に話したことで、幼いころ弱視だったということですが、その通りですか」

証人「幼いころはそうでした」

弁護人「遠近感などがほかの人より劣っているということですが、その通りですか」

証人「はい」

弁護人「遠く離れると、判別しにくいということですが、その通りですか」

証人「はい」

弁護人「あなたが立っていた位置から対角線の歩道で若い男の人が切られた場所までだいたい何メートルだったですか」

証人「えー数字では分かりませんが、そこまで離れていなかったと思います」

弁護人は、証人の視力に触れることで、目撃証言の信憑(しんぴょう)性について疑問の余地があることを訴えたいようだ。加藤被告は両手を両太ももの間にはさんで、表情を変えない。

弁護人が質問を終えると、検察官が挙手して「1点だけいいですか」と切り出す。

検察官「さきほど弁護人から弱視の影響で遠近感が分かりにくいという話がありましたが、それは事実ですか」

証人「事実です」

検察官「視力まで悪いのですか」

証人「いえ、普通の人並みにあります」

検察官「平成20年6月当時、コンタクトレンズをしていましたか」

証人「はい」

検察官「コンタクトレンズをつけた際の視力はどれくらいありますか」

証人「1・0以上です」

検察官は弁護人の弱視との指摘に反論したかったようだ。

続いて、向かって右側の女性裁判官が、証人が目撃した加藤被告の体や顔の向きなど具体的な状況についていくつか質問した。村山浩昭裁判長が左側の裁判官に質問があるか顔を伺うが、手を振って質問がないことを伝えた。

裁判長「証人尋問は終了しました」

村山裁判長が証人に、サインを求める。証人がサインするペンの音や資料をたぐる音が静かな法廷内に響く。

証人がサインを終えると、村山裁判長は「大変お疲れさまでした」と伝え、証人は引き上げたようだ。ほどなく、証人がサインした書類が法廷内に届けられた。

加藤被告はこれまで同様、傍聴席に向かって一礼後、静かに退廷した。

次回公判は、5月21日午前10時から、検察官が申請した4人の証人尋問が行われる予定だ。法廷は、前回までと同様、東京地裁で最も広い104号に戻して行われる。

⇒第9回公判