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(3)「死線をぎりぎりすり抜けた」震える声に法廷内は…

事件に巻き込まれた被害者男性、Cさんへの証人尋問が続く。加藤智大(ともひろ)被告が運転していた猛スピードのトラックがCさんらへ向かってきたときの様子を、検察官が詳細に聞いていく。

検察官「トラックが向かってきたとき、どう思いましたか」

証人「死ぬかと思いました」

検察官「そのときどうしましたか」

証人「とっさに、前に飛ぶようにして避けました」

検察官「避けてどうなりましたか」

証人「トラックが自分の体をかすめました」

検察官「どの辺りをかすめましたか」

証人「右の腰の辺りです」

検察官「そのときに衝撃がありましたか」

証人「衝撃はかなり大きかったです」

検察官「その後は?」

証人「手をついて倒れ、四つんばいのようになりました」

検察官「そのとき、証人の右にいたB君はどうなりましたか」

証人「トラックはB君もかすめたように見えました。自分と同じ腰のあたりを」

検察官「近づいてくるトラックに『死ぬかと思った』わけですよね。それを避けてどう思いましたか」

証人「死線をぎりぎりすり抜けたと思いました」

それまではっきりとした声で受け答えをしていたCさんの声が、遮蔽(しゃへい)用のカーテンの向こう側で震えた。傍聴席にも重苦しい空気が流れる。

検察官「すぐに立ち上がれましたか」

証人「少し腰に痛みがあり、立ち上がれませんでした」

検察官「B君の様子はどうでしたか」

証人「B君も腰に手を当て、立ち上がれない様子でした」

検察官「その後どうなりましたか」

証人「南西のほうで、男性が『刃物を持った男がいる』と言って…。男が走っているのが見えました」

尋問は凶行の現場となった交差点に、刃物を持った男が現れた場面へ移る。

検察官「交差点はどうなりましたか」

証人「北寄りの人は北に、南寄りの人は南に行く様子が見えました」

検察官「どのような様子でしたか」

証人「かなりパニック状態でした。自分も何が起きているか分かりませんでした」

検察官「そのとき何をしましたか」

証人「(いずれも亡くなった)A君と川口(隆裕)君を探していました」

検察官「2人は見つかりましたか」

証人「A君はソフマップの南の横断歩道にいました」

検察官「そのときのAさんの様子は」

証人「かなりぐったりしていました。血が散乱して服がはだけていて、耳や口も血が出ていて…昼に食べた麺のようなものも口から逆流していました」

証人がしぼりだすように語る現場の凄惨(せいさん)な状況に、傍聴者は息をのんだ。検察官は冷静に質問を続ける。

検察官「そのとき証人はどう思いましたか」

証人「すごいやばいな、なんとかしなきゃと思いました」

検察官「それでどうしましたか」

証人「名前を呼び続けました」

検察官「返事はありましたか」

証人「返事はありませんでした。時折、口から空気のようなものがボコボコと出ていました…。血も一緒に出ていました」

悲惨な描写が続く法廷。傍聴席の空気がいっそう重苦しくなる一方、加藤被告はややうつむいて身動きもしない。検察官は川口さんについても質問を重ねる。

検察官「川口さんはどこにいましたか」

証人「ソフマップの西側に倒れていました」

検察官「どのような様子でしたか」

証人「とてもぐったりしていて…。靴が脱げていて耳からも血が出ていました。目に光がなく瞳孔が開いた感じになっていました」

検察官「あなたはどう思いましたか」

証人「やばいな、何とか助けなきゃと思いました」

検察官「名前を呼んで、返事はありましたか」

証人「返事はありませんでした…」

その後、救急隊が到着。Cさんは川口さんに、BさんはAさんに付き添った。Cさんは川口さんの携帯電話で川口さんの母親に連絡を入れる。

証人「『川口君が事故にあいました』と伝えました」

検察官「そのときお母さんはどんな様子でしたか」

証人「急なことだったので混乱した様子がありました」

検察官「ここで証人に写真を見ていただきます」

この検察官の声で緊張が解けたのか、傍聴者の長い吐息が法廷内を包んだ。大型モニターからCさんらの位置関係が書かれた地図が消え、検察官はカーテンの向こう側でCさんに写真を見せているようだ。

検察官「写真の向かって左側に右手をついてしゃがんでいる人はだれですか」

証人「僕です」

検察官「この写真では黒く塗りつぶしていますが、倒れている人が誰かわかりますか」

証人「…はい、それはA君です」

検察官は現場の写真をもう1枚Cさんに見せ、同じように川口さんとBさんが写っているのを確認した。

検察官「証人は1週間の治療を要する腰部打撲のけがをしていますね?」

証人「はい」

検察官「一歩間違えばどうなったかと思いますか」

証人「確実に死んでいたと思います」

検察官「事件前と後で変わってしまったことはありますか」

証人「車が正面からきているのを見ると、突っ込んでくるのではという恐怖感を持つようになりました。後ろから来る車も自分の方に来るんじゃないかと警戒するようになりました」

検察官「また同じようなことが起こるのではないのかと思いますか」

証人「はい」

検察官「事件をどんなときに思いだしますか」

証人「何もしていないときに思いだします。特に寝る前に」

事件で負った心の傷を証人はかみしめるように語っていく。

検察官「どんなことを思いだしますか」

証人「2人のあのときの表情や状態を思いだします」

検察官「思いだしてどんな気持ちになりますか」

証人「とても怖い事件だと思うし、悔しいという気持ちもあります」

検察官「証人にとって事件はどんなものですか」

証人「生涯で一番忘れられない事件です。最悪の日だったと思うし…何でこういう目にあったのか…」

ここまで懸命に話してきた証人が言葉を詰まらせた。

⇒(4)「被害者の恐怖や痛みを味わい死んでほしい」…涙声で極刑を求める