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判決要旨

 平成23年3月24日宣告

 東京地方裁判所刑事第4部

 裁判長裁判官 村山浩昭

 裁判官 板野俊哉

 裁判官 橋本悠子

主  文 

 被告人を死刑に処する。

 押収してあるダガーナイフ1本、鞘1個、ダイバーズナイフ1本、ユーティリティーナイフ2本及び折りたたみ式ナイフ1本を没収する。

罪となるべき事実

 被告人は、

<第1>

 休日で賑わう秋葉原において、自動車を衝突させたり、ナイフで刺したりして、そこを通行する者を無差別に殺害することを企て、

[1]平成20年6月8日午後0時33分ころ、東京都千代田区外神田3丁目12番先路上において、青色信号に従って横断歩道上を歩行中の中村勝彦さん(当時74歳)、Aさん(当時19歳)、川口隆裕さん(当時19歳)、Bさん(当時19歳)及びCさん(当時19歳)に対し、殺意をもって、2トントラックを時速約40数キロメートルの速度で走行させ、赤色信号を無視して横断歩道上に進入し、前記トラックの前部を同人らに衝突させ、よって、前記中村さん、Aさん及び川口さんを死亡させて殺害し、Bさんに全治約2週間を要する傷害を、Cさんに加療約1週間を要する傷害をそれぞれ負わせたが殺害の目的を遂げなかった。

[2]同日午後0時33分過ぎごろ、東京都千代田区外神田4丁目1番1号先から被告人が前記トラックを中村さんらに衝突させた外神田三丁目交差点を左折し同区外神田1丁目11番11号先に至るまでの路上において、

 Dさん(当時27歳)、Eさん(当時21歳)、Fさん(当時47歳)、湯浅洋さん(当時54歳)、丸山正市さん(当時53歳)、Gさん(当時30歳)、Hさん(当時43歳)、松井満さん(当時33歳)、Jさん(当時31歳)、Iさん(当時53歳)、Kさん(当時24歳)に対し、殺意をもって、同人らの腹部、前胸部、背部等を刃体の長さ約12.3センチメートルのダガーナイフでそれぞれ突き刺し、Eさん、Fさん、松井さん、Jさんを死亡させて殺害し、Dさんに全治まで約6か月間を要する傷害を、湯浅さんに全治まで約6か月間を要する傷害を、丸山さんに全治まで約3か月間を要する傷害を、Gさんに全治まで約3か月間を要する傷害を、Hさんに全治不明(下肢麻痺等)の傷害を、Iさんに全治まで約2か月間を要する傷害を、Kさんに全治まで約2か月間を要する傷害をそれぞれ負わせたが殺害の目的を遂げず、

 嶌田芳郎さん(当時28歳)に対し、殺意をもって、前記ダガーナイフで同人の右前腕部を切りつけたが、全治まで約20日間を要する傷害を負わせたにとどまり殺害の目的を遂げず、

 警察官である荻野尚さん(当時41歳)がKさんに対する殺人未遂事件の現行犯人として被告人を逮捕するに当たり、荻野さんに対し、殺意をもって、前記ダガーナイフを同人の前胸部に突き出すなどし、もって同人の職務の執行を妨害したが、同人に制圧されたため、殺害の目的を遂げなかった。

<第2>

 業務その他正当な理由による場合でないのに、同日午後0時33分ころ、前記外神田4丁目付近路上に停車中の前記トラック内で、ダイバーズナイフ1本、ユーティリティーナイフ2本、折りたたみ式ナイフ1本を携帯し、同日午後0時33分すぎころ、第1の2記載の場所で、前記ダガーナイフ1本を携帯した。

事実認定の補足説明

[1]嶌田芳郎さんに対する殺意の有無について

 (1)ア 関係各証拠によれば、被告人は、嶌田さんに対してダガーナイフを持った右手を上げ、それを左下に振り下ろして嶌田さんに切りつけたが、このとき、嶌田さんは、交差点付近の異常に気付いてその場から逃げるために、肩にかけたリュックサックをかけ直そうとして右腕を上げながら後方に振り返ろうとしていたものと認められる。

 本件ダガーナイフは、非常に殺傷能力の高い刃物であり、被告人自身が本件犯行の2日前に購入したものであった。その殺傷能力の高さは、形状を見ただけで明らかである。

 イ ダガーナイフを持った右手を上げ、それを左下に振り下ろすという行為態様からみて、それが偶然ということはなく、故意によるものと認められる。

 (2)被告人は、その場に居合わせた被害者らに対してトラックを衝突させた上、殺意をもって次々と突き刺し、その結果多数人を死亡させ、または傷害を負わせている。このような状況からすれば、被告人の殺意の対象が不特定多数に向けられたものであったことは明らかである。

 被告人が、犯行直前に行った「秋葉原で人を殺します」「車でつっこんで、車が使えなくなったらナイフを使います」との掲示板への書き込みもこのような犯行の予告として把握できる。

 被告人は、このような一連の犯行の途中で、故意に嶌田さんを本件ダガーナイフで切りつけたものと認められるのであるから、嶌田さんに対しても不特定多数のうちの1人として殺意をもって犯行に及んだことは明らかであり、殺人未遂罪が成立する。

[2]荻野尚さんに対する公務執行妨害罪の故意について

 (1)客観的状況

 被告人は、被告人を現行犯人逮捕するべく追いかけてきた荻野さんと1、2メートルの距離で対峙し、ダガーナイフを荻野さんの左胸付近に向かって突き出したり、同人の上半身を切りつけるように左右に振り回すなどした。

 荻野さんは、当時、警察官の制服、制帽、「警視庁」と左胸部分に白色文字で表記されたワッペンが取り付けられた耐刃防護服を着用していた。

 荻野さんは、警棒で威嚇していたが、それでは効果がないため、けん銃で威嚇しようと考え、けん銃を取り出して被告人に向けた。被告人は、荻野さんからナイフを捨てないと撃つぞと警告され、ダガーナイフを捨てて逮捕に応じた。

 (2)被告人の認識

 前記の客観的状況からすれば、被告人が、前記のとおりの荻野さんの服装・装備や行動を認識して行動していたことは明らかといえ、被告人には、荻野さんに対する公務執行妨害罪の故意(荻野さんが公務執行中の警察官であると分かっていたこと)が認められ、同罪が成立する。

弁護人の主張に対する判断

[1]弁護人は、被告人が本件犯行当時、心神喪失又は心神耗弱の状態であった疑いがあるとして、被告人の責任能力を争っている。

 責任能力の判断は法律判断であり、諸般の事情を総合的に考慮して判断されるものであるが、責任能力に欠けると判断されるには、心神喪失、心神耗弱いずれの場合も被告人に精神の障害があったことが前提となる。

 当裁判所は、結論として、被告人に精神の障害はなく、責任能力に欠けるところはないと判断したが、弁護人の指摘を踏まえ、被告人が本件犯行に至った経緯や背景事情等についても検討し、専門家の意見を参考にしながら、問題となりうる点についての判断を示す。

[2]被告人の本件犯行当時の責任能力に関する専門家の意見としては、捜査段階で被告人の精神鑑定を行った岡田医師の鑑定のほか、弁護人請求にかかる木村医師の鑑定が存在する。

 岡田鑑定(同人の証言も含む。)は、種々の検査を行い、被告人の精神の障害の有無について、複数の国際的に承認された精神疾患の分類診断基準を用いてあらゆる精神疾患について検討した結果、被告人は、本件犯行当時、精神疾患に罹患していなかったと判断している。一方、木村鑑定(同人の証言も含む。)は、被告人の本件犯行時の心理状態について、犯行前、ストレス反応としての再体験、回避、過覚せいを呈し、とりわけ過覚せいのために衝動が高い状態にあったとはするものの、それが、心的外傷後ストレス障害のような状態であったとまではいえないとしている。

[3]問題となりうる点の検討

 (1)妄想や意識障害等の有無

 弁護人は、被告人が、本件犯行の3日前に職場でつなぎが隠されたと思いこんだこと(以下「つなぎ事件」と称する。)について、実際にはつなぎはすぐに発見できる場所に存在していたのであるから、妄想があったと主張する。

 しかし、その点は精神医学上の妄想とはいえない。携帯電話の掲示板上の「成りすまし」(これは、他人が、被告人の書き込みの口調をまねてあたかも被告人自身の書き込みのようにみせかけること。)や「荒らし」(これは、大量に改行するなどして通常の掲示板上の交流をしづらくさせること。)にいらだちや怒りを覚えるなど精神的な余裕を欠いていた被告人が、数十着あった中から自分のつなぎをうまく見つけられなかっただけのことである。

 また、被告人が6月5日以降本件犯行を実行に移す経緯や犯行当時の状況について詳細な記憶がないと述べていることも、被告人の何らかの精神障害を疑わせるものとはいえない。岡田鑑定では、犯行に至る経緯については、「今となってはよくわからない、はっきりしない」というものであり、犯行時については、記憶の一部欠損や不明確さは、いわば無我夢中の状況であることを示唆するものであり、深刻な病理がかかわるようなものではないと説明し、木村医師も、記憶喪失(解離性健忘)であると説明し、脳にダメージがない限り心因性のものであるとしている。被告人は、本件犯行を計画し、それなりの準備を行い、かつその計画どおりに実行しているのであって、このような被告人の現実の行為の中に、意識障害等があったことを疑わせる事情は全く認められない。

 さらには、被告人に生じていた頭痛や腹痛といった身体的変調についても、寝不足や精神的な緊張によって生じたものとして、一般によくあることとの岡田鑑定の評価に何の疑問も生じない。

 (2)動機の了解可能性

 被告人は、公判において、本件犯行の動機について、掲示板上での成りすまし、荒らし及び掲示板の管理人に対し、嫌がらせをやめて欲しかったということを伝えたいと考え、それのみが本件犯行の動機であると供述する。

 成りすましらが現れて以降本件直前までの被告人の掲示板への書き込み内容や管理人へ送ったメールの内容等からすると、被告人が、掲示板上での嫌がらせに対して強いストレスを感じており、それに対する解決策を求めていたことは明らかであり、被告人が公判で述べたことは、本件の主要な動機であったと考えて差し支えない。

 しかし、被告人が公判で認めていること以外にも、本件の原因となっている事情がうかがえる。本件犯行に直接結びつく準備的行動は、6月5日のつなぎ事件以降に開始されているといえるから、つなぎ事件は、掲示板での嫌がらせに対して不満や怒りを募らせていた被告人に、その不満や怒りを爆発させ、本件犯行に突き動かしていった契機であると考えられるが、そのつなぎ事件自体についても、被告人は、職場から排除されたものと受けとめ憤激しているのである。また、被告人は、本件犯行を決行するまでに交差点を3回も通過するなど逡巡していたのに、自分の居場所がどこにもないことに気付いて最終的に実行を決断したとしているから、被告人は、家族、友人、仕事等を失いどこにも自らの居場所がないという非常に強い孤独感を感じていたことが背景にあることも否定できない。

 被告人が公判で説明した動機だけでは、一般的にはその動機と実際に取った行動又は結果の大きさの間に飛躍があると考えられるものの、その背景には、周囲に対する強い不満や孤独感があったものと考えられ、これらは被告人の現実の生活の上に起きた葛藤に基づいたものであり、さらに、被告人の性格や物の考え方なども総合すれば、妄想や幻覚等の病的な過程を介在させなくとも、本件の動機は十分了解可能である。

 (3)従来の人格との異質性について

 被告人は、母親の養育態度等の影響もあって、他者との共感性が乏しく、他者との強い信頼関係を築くことができず、自分の意思や感情を間接的に表現するという性格傾向を有し、本件以前にも自分の意思を暴力的又は自暴自棄的な行動で示そうとしたことが度々あったことが確認される。岡田鑑定で指摘されている被告人の性格傾向を前提にすると、被告人が掲示板で受けた嫌がらせは、被告人にとってはとてつもなく大きな体験であり、被告人の中では、本件における動機と行動又は結果との間の飛躍は、それほど大きなものではないと考えられる。

 本件犯行は、被告人の本来の性格傾向を基盤としたものと理解することができ、被告人の従来の人格との間で全く異質であるとの疑いは生じない。

 (4)過去における自殺企図

 被告人が本件以前に複数回自殺を図ろうとしたことは、一応精神の障害を疑わせる事情となりうるが、岡田鑑定は、被告人の自虐的で厭世的な価値観あるいは抑うつ的な思考に由来するにすぎず、精神疾患を示唆するものではないと説明しており、これらが本件とは相当時間的に離れた時期の出来事でもあって、本件犯行当時の精神の障害の有無に影響するとは考えられず、その他、被告人が本件犯行当時、何らかの精神障害に罹患していたと疑わせる事情はない。

 (5)被告人は、大きな事件を起こして掲示板上の成りすましらに知らしめることを本件の主要な目的としており、被告人の準備行為や犯行態様は、その目的達成に向けた非常に合目的的なもので、被告人は自分で立てた計画に従って一貫した行動をとっている。犯行直前まで自分の行動を掲示板に書き込んでいたし、さらには、本件の重大さを感じていたとみえて、実行直前まで3回も逡巡している。また、被告人は、警察官である前記荻野と対峙してけん銃を向けられるや抵抗をやめ、逮捕された後には警察官と話して涙を流すなどしていたのであって、これらの一連の経過をみれば、被告人の是非弁別能力及び行動制御能力に疑問を差し挟む余地はないというべきである。

[4]以上によれば、被告人は、本件犯行当時、刑事責任を問うのに十分な責任能力を有していたと認められる。よって、弁護人の主張は採用できない。

量刑の理由

[1]本件事案の概要と量刑上の問題

 本件は、被告人が、歩行者天国でにぎわう休日の秋葉原において、横断歩道にトラックを突入させて通行人をはね、その直後、トラックから降りて、ダガーナイフを手にして、通行人らを次々と突き刺すなどして、7名の命を奪い、10名に傷害を負わせたという、殺人、殺人未遂(殺人未遂の被害者は11名)等の事案である。

 被告人は、白昼の大都会で、それまで一面識もない多数の通行人に対する無差別殺傷事件を実行したもので、結果としても、多くの被害者の生命を奪い、あるいは多くの被害者に重篤な傷害を負わせたものである。このような事案の性質からみると、責任能力に問題のない本件被告人の刑事責任が、最大級に重いことは明らかである。したがって、本件の量刑については、被告人に対し、検察官が求めるように死刑に処すべきなのか、そうではなくて、弁護人が主張するように、死刑を回避すべきなのかという観点から検討することになる。

[2]死刑を求める検察官が、その理由としてあげている事情について

 (1)本件による結果はあまりにも重大であり、遺族及び被害者の処罰感情は峻烈である。

 ア 被告人の本件犯行により7名もの尊い人命が奪われたという結果はあまりに悲惨で、重大である。

 被害者の方々は、大学生として将来の夢をふくらませていた方から、中堅の社会人、家庭人として、職場や家庭で頼りにされていた方、仕事をやり遂げ、子どもを立派に育てて、これから第2の人生を悠々と過ごそうとしていた方まで様々であるが、かけがえのない命を突然に奪われた点では等しく無念極まりないものである。まったく自らに落ち度がないのに、唐突に、そしてあまりにも理不尽にもたらされる自らの死を受け容れることなど到底できなかったであろう。

 遺族の怒りは峻烈である。全く想像することもできず、何の理由もないのに、突然愛する家族を奪われた悲しみや喪失感は、筆舌に尽くしがたいほど大きいと推察される。遺族は、被害者を殺害した被告人に対し激しい怒りをあらわにし、いずれも被告人の極刑を強く望んでいるのも当然である。

 イ 一命をとりとめた殺人未遂の被害者らが受けた肉体的、精神的苦痛もまた重大である。

 被害者の方々は、命に関わるほどの重大な傷害を負った方が多く、中には従前と同様な生活を取り戻しつつある方もおられるが、完治する見込みがないほどの重傷を負い、後遺障害のためにそれまでの仕事を辞めざるを得なかった方、日常生活上も多大な困難を抱えるに至った方などがおられる。

 精神的にも大きな衝撃を受け、未だにそのショックを忘れることができず、中には、外傷後ストレス障害に陥り、今までの生き方をすべて変えなければ生きていけないといった悲痛な現状を述べている方もいる。

 このように、命をとりとめた被害者らも、肉体及び精神の両面から受けた苦痛は甚大であり、その多くが被告人の極刑を求めている。

 ウ 本件を目撃したり、被害者らの救護に当たったりした方は、直接の被害者ではないが、目の前で起きた惨劇が忘れられず、今でも恐怖や不安を抱え、助けることができなかったことへの後悔や無力感に苛まれたりなどしている。

 (2)本件はその態様が悪質である。

 被告人は、赤信号を無視して、時速約40数キロメートルの速度でトラックを交差点に突入させ、無防備な通行人らをはね飛ばした。本件交差点では、トラックにはねられた被害者の救護をする者等多数の人がいたが、被告人は、トラックから降りた後は、躊躇することなく、目についた人をダガーナイフで突き刺しながら交差点へ走っていき、交差点内でも次々と突き刺し、さらに逃げる人々を追いかけて攻撃を続けた。その結果、本件犯行現場は、多数の被害者が大量の出血をしながら倒れているという、目撃者らが地獄、戦場などと表現するような惨状を呈した。相手のことを全く顧みない、人間性の感じられない残虐な犯行である。

 このような犯行態様からみて、殺意が強固であったことは明らかであり、本件で多くの方が死亡し、又は重大な傷害を負ったのは、このような危険な犯行態様の必然的な結果といえる。

 (3)本件は身勝手極まりない動機に基づく犯行である。

 犯行の動機がどのようなものであれ、自分とは無関係な第三者を無差別に殺害しようとすることに酌量の余地があるとは通常考えがたい。

 本件犯行を実行するに至った動機は、被告人が強調しているものはもとより、その背景にあると考えられる不満や孤独感も、それがいかに深刻なものであったとしても、あくまでも被告人の個人的な事情に属するものであり、これを理由に無関係な第三者に危害を加えることなど到底許されるものではない。

 被告人は、掲示板上の嫌がらせに対して、自分の意思を伝えることのみが目的であったと述べているが、仮にそうであったとすれば、被告人の身勝手さを一層際だたせこそすれ、いささかも被告人の責任を減少させるものではない。

 (4)本件は計画性の認められる犯行である。

 被告人は、本件の3日前のつなぎ事件以後本件の実行を具体的に考えるようになり、凶器として使用したダガーナイフを調達したり、レンタカーのトラックを借りる契約をしたりするなど着々と準備を行い、掲示板にも本件を予告するような書き込みを行っていた。

 計画性があると言わざるを得ない。

 (5)本件の社会的影響は甚大である。

 本件は、白昼の秋葉原という繁華街で起きた無差別通り魔殺傷事件であり、無防備な人々が突然襲われ多数が死傷するという凄惨な事件に対して、日本全体が震撼したといっても過言ではない。

[3]犯行に直接関わる事情を中心に検討した結果、本件は、トラックやナイフといった凶器を用いて、多数の死傷者を出した無差別殺傷事件であり、その罪質からみて殺人事件の中でも特に重く処罰されるべき犯罪であり、死傷した被害者の数に端的に表される結果の重大性の外、犯行態様、動機等も非常に悪質であるといえ、被告人の刑事責任は誠に重大である。その重大さは、罪刑の均衡や我が国における死刑の科刑状況からみて、死刑の選択を余儀なくさせるものである。

[4]死刑は、その人間の生命を奪い、生存自体を否定する究極の刑罰であるから、その選択に当たっては、慎重の上にも慎重を期す必要があるので、死刑を回避すべき事情の有無について、弁護人の主張をも踏まえて検討する。

 (1)被告人の生育歴等について

 被告人は、前記のとおり、幼少期に母親から虐待とも評価され得る不適切な養育を受け、その影響もあって、他者との共感性に乏しく、他者との強い信頼関係を築くことができなくなっていた。そのため、被告人の生活において、現実の人間関係よりも掲示板の中での人間関係の比重が重くなり、嫌がらせによってそれを喪失したと感じたことが、被告人が本件重大事件を引き起こす契機になっていることは否定できない。その意味で、被告人の成育過程において受けた母親による不適切な養育を主たる原因とする人格のゆがみが、本件の遠因となっていることは間違いないと思われる。

 しかし、他面、被告人は、本件犯行当時満25歳を過ぎていたことに加え、高校生のころには既に母親の指示にも従わない状態になっていたとみられ、その後の進学、就職等も親の影響を受けることなく自らの意思で決めているし、高校卒業後は、親と離れて生活していた期間も長く、自立して社会生活を送ってきたなどの事情も認められる。

 これらの点も考慮すると、本件は、母親による不適切な養育など被告人の成育過程における負因がその遠因となっており、被告人に帰責できない事情がその背景にあるという意味で、被告人のために酌むべき事情のある事案とはいえるが、酌むべき程度は限定的なもので、被告人の刑事責任を大きく減じさせるものとは評価できない。

 (2)被告人の反省及び更生可能性について

 被告人は、公判において、自分がなぜこのような犯行に至ったのかを説明し、今後同じような犯罪が起きないようにしたいとの気持ちから、本件の動機・原因、特に掲示板での嫌がらせなどについて相当詳細に述べた。その供述態度は被告人なりに真しなものとみえるが、自分のやった行為がどういうものだったのか、そのためにどれだけの人にどれだけの被害をもたらしたのかを冷静かつ徹底して振り返るという反省の基本的な視点が不十分だったために、被告人の述べるところは、被害者や遺族の方々の納得はおろか反省として承認すらされておらず、むしろ、自己弁護ととられてもやむを得ないものであった。

 このように被害者や遺族の方々の気持ちや現状について向き合いこれを真しに受けとめることができないのは、被告人の他者に対する共感能力の低さに由来する部分もあろうが、このような重大事件を起こしてしまった者の反省としては極めて不十分と評価されてもやむを得ないであろう。もっとも、被告人は、被害者や遺族の方々の悲痛な思いに触れ、審理の最終段階になってようやく個々の被害者や遺族に向き合うことこそ一番にしなければならなかったことだと気付き、本件の被害の深刻さに多少は思いを至らせつつ、自己の行為の意味を分かり始めてきているとも思われる。本件の重大性から見れば極めて不十分ではあるが、被告人なりの反省の姿勢をみてとることはできよう。

 本件は、前述のとおり、被告人の身勝手な動機から、大都会で白昼、凶器を用いて多数の死傷者を出すという極めて重大な事案である。躊躇しながらも、最終的には計画どおりに犯行を決行し、その後は警察官にけん銃で威嚇されてダガーナイフを捨てるまで、手当たり次第に殺人行為を続けたのである。本件犯行を思いついた発想の危険さ、犯行態様の残虐さ、次々と殺害行為を重ねていった執拗さ、冷酷さは、仮に犯行の途中から無我夢中の状態に近かったとしても、いずれも被告人の人格に根差したものであり、被告人の危険な性格・行動の傾向を如実に示したものであるといっても過言ではない。その根深さや逸脱の大きさからみると、被告人の更生は著しく困難であることが予想される。

 しかし、他面において、被告人は犯行時25歳で、現在も28歳と比較的若年であり、これまで前科前歴がなく、被告人の危険な人格傾向が形としてはっきり現れたのは本件が初めてであること、被告人がようやく被害者や遺族の方々に向き合うことの重要性を認識し始め、他者のことも考えられるようになる可能性があることなどを考慮すると、更生可能性が全くないとはいえないであろう。

 (3)当裁判所は、弁護人が死刑を回避すべき事情として主張する点については、死刑を回避できるか否かは別論として、それらの事情の存在自体を否定するものではない。しかし、それらの事情を総合しても、結論的には、本件では死刑を回避することはできないと判断した。

 その理由は、まず、弁護人らの主張する事情は、被告人の量刑を考えるに当たって総合的に考慮すべき事情であるとはいえても、刑を大きく左右する要因ではない上、その事情が認められるといっても、その程度は大きい又は顕著などとはいえず、限定的又は否定できないという程度に留まるからである。

[5]以上のとおり、当裁判所は、被告人の本件犯行につき、犯行に直接関わる事情を中心に検討した結果、死刑を選択せざるを得ないとの一応の判断のもと、他面において、死刑を回避すべき事情について弁護人の主張を踏まえて慎重に検討したが、その点をも考慮した総合判断として、本件においてはやはり死刑を選択せざるを得ないとの結論に至った。

⇒その後