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(10)掲示板の仲間失い自殺を決意 「トラックに正面衝突しようと…」

加藤智大(ともひろ)被告(27)に対する弁護人質問は、埼玉県内の自動車工場での同僚との人間関係に移る。加藤被告は相変わらず背筋を伸ばして証言席に着いており、疲れた表情を見せることはない。

弁護人「職場でもオタクといわれたのですか」

加藤被告「電車男がはやり、オタクであることをネタにして同僚と話をしたこともありました」

弁護人「オタクであることをコミュニケーションに使っていたのですか」

加藤被告「はい」

弁護人「このころ埼玉の工場で車を買いましたよね。どうしてですか」

加藤被告「生活が安定してどうしても欲しくなったんだと思います。70万円くらいの車を買わされました」

弁護人「車はローンですか」

加藤被告「はい。ローンです」

弁護人「経済的には苦しくなりましたか」

加藤被告「若干苦しくなりました。日曜日にアルバイトをしたりしました」

弁護人「ローンがあるのにどうして仕事を辞めたのですか」

加藤被告「自分が担当する製品の部品の置き方について正社員の人に相談したところ、『派遣のくせに。黙ってろ』といわれ、正社員へのアピールのためにも辞めました」

弁護人「派遣のくせに、といわれたことで何か行動は取りましたか」

加藤被告「派遣元の上司に相談したところ、派遣先の上司と話をしたらしく、話はつけてあると言われました」

弁護人「なぜ、それでも辞めたのですか」

加藤被告「職場の上司からも『もう少しがんばろう』とか『よくやっている』といわれたりしましたが結局、『派遣のくせに』と言った正社員からは何もいわれなかったことが引っかかっていました」

弁護人「なぜ、『派遣のくせに』といわれて腹が立ったのですか」

加藤被告「がんばっていたのでショックも大きかったんだと思います」

弁護人「なぜ直接、派遣先の上司に相談できなかったのですか」

加藤被告「そもそもそういうことは思いつきませんでした」

弁護人「退職の手続きはきちんとしたのですか」

加藤被告「いや。ある日突然会社からいなくなりました」

弁護人「なぜですか」

加藤被告「急にいなくなることが、会社へのアピールの形だと思ったからです」

弁護人「それで派遣先の上司に(加藤被告の思いが)伝わると思ったのですか」

加藤被告「そうです」

会社を辞めたあと、加藤被告は仙台の友人宅などを転々。しかし、この間も両親と連絡を取ることはなかった。

弁護人「新しい仕事はどうやって見つけたのですか」

加藤被告「求人で見つけました。住むところもなかったので派遣以外の普通の仕事は見つかりませんでした」

平成18年5月から、加藤被告は茨城県つくば市の住宅関連部品の工場で働くようになる。

弁護人「次の仕事は働いてみてどうでしたか」

加藤被告「面白かったです。寮があってそれぞれが個室を与えられていました」

弁護人「勤務条件などはどうでしたか」

加藤被告「はっきりと覚えていませんが、残業が4時間ほどつくことがありました」

弁護人「同僚との人付き合いはどうでしたか」

加藤被告「ほとんどありませんでした。私が使う機械が大型だったこともあり、ほかの同僚とは隔離されているような感じでした」

弁護人「無視されたり、仲間外れにされるようなことはなかったのですか」

加藤被告「はい」

弁護人「仕事以外の日はどうやって過ごしていたのですか」

加藤被告「車をいじったり、秋葉原へ行ったりしていました」

弁護人「誰かほかの人と出かけるようなことはありましたか」

加藤被告「ありませんでした」

弁護人「つくばの工場では、いつまで働いていたのですか」

加藤被告「3カ月ほど働いていました」

弁護人「平成18年の夏ごろまでですか」

加藤被告「はい」

加藤被告は、このころから、インターネット掲示板上での人間関係が悪化し、徐々に孤独感を強くしていったという。

弁護人「夏ごろにはどのようなことを考えていましたか」

加藤被告「自殺を考えるようになりました」

弁護人「なぜですか」

加藤被告「掲示板の仲間と仲良くなったのに、私が厳しい意見を書き込んだことで仲が悪くなり、掲示板から人がいなくなりました。(掲示板の)管理人にも迷惑をかけてしまい、生きづらくなりました」

弁護人「あなたにとって掲示板とはどういう場所でしたか」

加藤被告「帰る場所といってもいいです。かなり潜り込んでいましたから」

弁護人「自殺を考えるようになったのはいつごろからですか」

加藤被告「覚えていません。何かエピソードがあるわけでもなかったです」

弁護人「どうやって死のうと思ったんですか」

加藤被告「8月31日に青森県の道路で車に乗って対向車線を走るトラックに正面衝突しようと思いました」

弁護人「どうして8月31日なのですか」

加藤被告「借りていた額は10万円程度でしたが、サラ金会社の返済期限が8月31日だったからです。限度額ぎりぎりまでカードを使い切ってから死のうと思いました」

弁護人「場所はどうして青森なのですか」

加藤被告「地元にしようと思いました。地元の友人たちに死んだことが伝わるようにしようと」

弁護人「自殺する前に会社を辞めて身辺をきれいにしようとは思いませんでしたか」

加藤被告「思いませんでした。どうせ死ぬのだからあとはどうでもいいと…」

加藤被告は自殺の決行予定日に向け、関東から北へと車を走らせる。

弁護人「31日には青森にたどりついたのですか」

加藤被告「そうです」

ここで、村山浩昭裁判長が15時20分まで約30分間の休廷を告げる。証言席から立ち上がり再び手錠をかけられた加藤被告は、無表情のまま傍聴席に一礼して、法廷をあとにした。

⇒(11)酒飲んで自殺図る… 「飲んだ酒の種類は?」質問に割って入る裁判長