第7回公判(2010.9.14)

 

(6)「保護責任者遺棄罪も成立しない」一気にまくし立てる弁護人

押尾被告

 合成麻薬MDMAを飲んで容体が急変した飲食店従業員、田中香織さん=当時(30)=を放置し死亡させたとして、保護責任者遺棄致死など4つの罪に問われた元俳優、押尾学被告(32)の裁判員裁判第7回公判は、弁護側の最終弁論が続く。弁護側は救命可能性について検察側の主張に反論するために焦点となる搬送時間について意見を述べていく。

 弁護側は平成21年8月2日の事件当日、押尾被告の知人の○○さん(法廷では実名)が現場となった東京・六本木ヒルズの一室に駆け付け、午後9時19分に119番通報してから、田中さんが病院に搬送されるまで約30分間が経過していたことに触れた上で、さらにこう付け加えた。

弁護人「午後9時よりも(田中さんに異変があった直後の)午後6時のほうが道路が混雑しており、搬送にはもっと時間がかかると思われます。また傷病者と接触した際、部屋の中で心肺停止した場合にはその場で心肺蘇生(そせい)法を施し、AED(自動体外式除細動器)を使うので、搬送までの時間が長くなる可能性があります」

 弁護人は直立不動で、手元の書面を読み上げ続ける。

弁護人「死亡時刻についても検察側に反論します。検察側は(押尾被告が事件当日に知人らにかけた)電話のやり取りから、午後6時47分ごろから午後6時53分までの間に死亡したとしています。しかし、電話で死亡時刻を認定するのは不合理です。(元マネジャーの)△△さんはその間に押尾さんから(電話の)不在着信があったことを証言しています」

「(電話しながら)心臓マッサージをして、胸の骨が折れるとは考えられません。心臓マッサージはこの6分間ではなく、田中さんがあおむけに倒れた直後に行われたと考えられます」

 弁護人は抑揚もない語り口で続けた。

弁護人「救命可能性について検察側への反論をします。一般人が119番通報するべき時刻ですが、午後5時50分の状態は歯を食いしばり、うなり声をあげ、腕を動かすなど不穏状態でした。(証人として出廷した)救急隊員はこれだけでは重症と判断できないと証言しています」

「午後6時に通報して午後6時40分に死亡した場合、(帝京大学医学部教授で通報時間と救命可能性に関する意見書を出した)医師は田中さんの救命可能性は40〜50%としています。これは検察側の走行実験により搬送時間が22分だったという前提であります。また別の(弁護側請求の証人で福岡和白病院の救命救急医の)医師は30〜40%としています」

 弁護人は検察側の『百パーセント近い救命可能性』を真っ向から否定する。向かって右から2番目に座る男性裁判員はほおに手を当てながら、弁護人の言葉に耳を傾けている。

弁護人「MDMAの血中濃度が高いこと、肺水腫を発症していたこと、高体温だったことから、救命可能性は低かったといえます。また、午後6時に通報して午後6時20分に死亡した場合、(帝京大の)医師は救命可能性を10〜20%としています」

 低い救命可能性を前提に、弁護側は保護責任者遺棄致死罪が成立しないことを主張していくが、ここで同種事件に関する過去の裁判について言及する。

弁護人「平成元年12月15日の判例で(この)被告は懲役6年の実刑判決となっています。この事案は暴力団幹部が女子中学生に覚醒(かくせい)剤を注射しています。一方、田中さんは自らMDMAを服用しています。また判例では(女子中学生は)容体の変化から死亡まで2〜4時間経過しています。しかし、本件は数分から10分、検察側の主張でも1時間程度とされています」

「さらに暴力団幹部は何の措置も取らず、被害者が生きていたのに(現場の)ホテルから退出していました。押尾さんは心臓マッサージや人工呼吸を一生懸命やっていました」

 弁護人は過去の判例との相違点を強調していく。

「判例での救命可能性は十中八九となっています。これはただちに119番通報したらほぼ確実に助かったということです。本件で弁護側は検察側がこの『ほぼ助かった』ことを立証しているかについて強い疑問を持っており、保護責任者遺棄致死罪は無罪と考えています」

 そして弁護側は一気にまくし立てる。裁判員たちの視線が弁護人に集まる。

弁護人「また、押尾さんが心臓マッサージなどをしていることから、遺棄罪も成立しないと考えます」

 弁護側は(別の合成麻薬)TFMPPの所持罪については、「泉田勇介受刑者(押尾被告にMDMAを譲渡した麻薬取締法違反罪で有罪確定)から入手した」と主張。検察側の「アメリカで入手して持ち込んだ」とする主張も否定した。

 弁護人の横に座る押尾被告は目の前に置いたノートに視線を落としながら、微動だにせずに弁護側の最終弁論に聞き入っていた。

⇒(7)「見殺しにするようなことは絶対してない」「私はそのような人間ではない」被告最後の無罪主張