第6回公判(2010.9.13)

 

(4)「『助かる可能性低い』と説明しなければ」出廷理由明かす医師

押尾被告

 弁護側が請求した救命救急医療の専門医に対する検察側の質疑が続く。保護責任者遺棄致死などの罪に問われた元俳優、押尾学被告(32)は手元の資料にずっと目を落としたままだ。

 検察側は合成麻薬MDMAを服用して死亡した飲食店従業員、田中香織さん=当時(30)=の容体が急変したにもかかわらず、119番通報しなかったことの妥当性を追及していく。

検察官「錯乱状態になったのを見ただけで、119番通報の義務が生じるとは認めがたいということですか」

証人「蘇生(そせい)について一般的なことをいえば、何もしないよりもした方がプラスですが、一般の人で『どうして何もしなかったのか』というケースが多い。今回の件で言えば、ベストではないが何かしたというのは評価はできます」

 過去の事例を出して、蘇生処置を取ったとされる押尾被告の行動を評価した。ここで検察側は反対尋問を終え、山口裕之裁判長から向かって右の男性裁判官が田中さんの容体に関する質問を始めた。

裁判官「弁護側の質問に対し、『錯乱状態になり、ブツブツと意味の分からないことを言って突然倒れるてんかんのような症状』と言っていましたが、てんかんの症状になってから心停止に至る時間が短いことがMDMAではあり得るということですか」

証人「覚醒(かくせい)剤でもそうだが、警察官に拘束された途端に心停止になる人もいる。てんかんの原因が精神症状によるものであればもとに戻るが、そこにけいれんや心停止が伴ってしまえば死に至ってしまいます」

 裁判官は重要な部分であるのか、「MDMAによるてんかんの症状から急に死に至ることがあり得るのか」ということを確認するため、再び同じような質問を繰り返した。

証人「MDMA中毒で錯乱状態からてんかん、心停止のすべての症状が数分の間で起こることもあり得ます。過去の資料でもそういう症例はたくさんあった。周囲の処置のかいもなく死亡することはあり得ます」

 証人は一般的な事例を挙げて、何度も同じ趣旨の回答をした。

裁判官「『MDMAの血中濃度は服用量によらず、消化量が一定なので数値は比例して上がる』ということですが、追加して服用すると、急激に血中濃度が上昇することもあり得ますか」

証人「MDMAを分解すると体には負荷がかかります。分解できる量には限界があるので、服用量が多ければ、血中濃度が上昇する速度が上がることもあり得ます」

「アルコール摂取の有無、空腹だったかどうか、寝ていたか、起きていたかなどで、かなり分解能力に差が出てきます。人によって分解のスピードに10倍の差があることもあります」

 質疑が難解な内容のため、口を真一文字に結んで渋い表情を浮かべる裁判員も多くみられる。ここで山口裁判長が証人の所属する学会に関する質問を始めた。

裁判長「証人は日本中毒学会に所属しているのですか」

証人「そうです」

裁判長「どのようなことをしている学会なのですか」

証人「中毒は幅広く、医師や薬剤師、法医学者、警察関係者も所属しています。生きている人を扱うのが一般的ですが、死んでいる人も取り扱います。通常、医療の場で中毒症状の人をみて、原因や治療方法、予防方法などを考えていくということをやっています」

裁判長「証人は救急医学学会にも所属していますか」

証人「はい」

裁判長「非常にうかがいづらいことなのですが、検察側請求の医師についての中毒症状の知識はどう思われますか」

証人「救命救急については詳しいと思いますが、中毒に関しては造詣が深いということではないと思います」

 証人は恐縮するようなそぶりを見せながら、検察側請求の証人として出廷した医師の専門性を疑問視する回答をした。

裁判長「本日、証人には遠いところからお越しいただきましたが、出廷していただいた経緯はどういうところですか」

証人「弁護側から人を介して『検察側請求の医師はこういうことを証言するらしい』ということを聞いたのですが、『(早くに通報していれば)100%助かる』という内容を聞いて、致死量の3倍以上を飲んだのに助かるという話が裁判記録として残るのは学問的にどうなのか…。『助かる可能性は低い』ということを法廷できちんと説明をしなくてはいけないと思ったからです」

裁判長「『致死量』とはどういう意味でしょうか」

証人「動物実験で薬物を一定量与え、50%以上死ぬ量を致死量と言います。ただ、人間とは違うのであくまでも目安ということです。また、過去の症例を調べてグラフなどにし、大体この先、さらに投与すると助からないのではないかという要素もあります。もちろん薬剤によって違うので臨床的な経験値ということです」

 検察側証人の医師の証言内容の誤りを指摘する証言を、傍聴席の人たちも緊張した面持ちで聞き入っていたが、押尾被告は身動き一つしないまま、前を見据えていた。

⇒(5)「長期的でも、3、4割しか助からない」医師は低い救命率を提示