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(7)署へ向かうパトカーの中、加藤被告は泣いていた

約20分の休廷を挟み、審理が再開された。予定より3分ほど遅れて、加藤智大(ともひろ)被告(27)が入廷した。続いてこの日3人目の証人が入廷する。加藤被告の逮捕を応援した警察官だ。がっちりとした体形で、黒いスーツを着用している。まずは検察官が経歴を確認。機動隊などを経て、事件当時は蔵前警察署に勤務していたという。

検察官「事件当日、なぜ、現場にいたのですか」

証人「当日は非番で、食事をするため、私服で秋葉原を訪れていました」

検察官「牛丼を食べて店を出た後、異変に気付いたのですね」

証人「店の方に向かって多くの人が走ってきました」

証人が食事をしていたのは、犯行現場の交差点の南側にある牛丼チェーン店。検察官が現場の見取り図を示し、証人が店を出て立っていた場所に印を付ける。

検察官「店の外で立ってどうしましたか」

証人「状況が分からなかったので交差点に向かいました」

検察官「(交差点近くには)人はいましたか」

証人「休日の歩行者天国ということもあり、数十人はいたと思います」

検察官「交差点にいる人の集団のどこら辺に立っていましたか」

証人「先頭ではありませんが、前の方に立っていました」

検察官「何を見ましたか」

証人「警察官と白いジャケットの男が向かい合っているのを見ました」

検察官「その白いジャケットの男は誰ですか」

証人「(被告を一瞥(いちべつ)して)被告人です」

検察官「○○巡査部長(法廷では実名)は何か着ていましたか。何を持っていましたか」

証人「鉄板を入れたベストを着ていました。右手に警棒を持っていました」

検察官「被告は何か持っていましたか」

証人「刃物のようなものを持っていました」

検察官に促され、証人が見取り図に加藤被告と逮捕した巡査部長との位置関係を記す。

検察官「2人が向かい合っている状況をどう思いましたか」

証人「被告が何かをやって追われているのだと思いました」

検察官「巡査部長は被告に向かって何かを言っていましたか」

証人「『刃物を捨てろ』と叫ぶように言っていました」

検察官「それに対して被告はどうしましたか」

証人「言うことを聞かずに、刃物を左右に払うように動かしていました」

検察官「巡査部長と被告の距離は」

証人「2〜3メートルくらいです」

検察官「2人と証人の距離は」

証人「10メートルくらいです」

検察官「その後2人はどうしましたか」

証人「被告が身を翻して路地に入り、巡査部長が追いかけていきました」

検察官「路地に入った後、証人の位置から2人の姿は見えましたか」

証人「建物が死角となり見えませんでした。2人が見える位置に移動しました」

加藤被告と取り押さえた警察官とのやりとりが改めて再現された。加藤被告は被告人席でじっとしたままだ。

検察官「路地の中はどんな様子でしたか」

証人「巡査部長が拳銃(けんじゅう)を持ち、被告に向けていました」

検察官「何か言っていましたか」

証人「『武器を捨てろ』と言っていました。被告は刃物を巡査部長に向けていました」

検察官「巡査部長はさらにどうしましたか」

証人「拳銃を構えたまま腰を落とし本当に撃つような姿勢で『捨てろ』と言っていました」

検察官「被告はどうしましたか」

証人「そのとき初めて刃物を地面に落としました。巡査部長は近付いて被告の右手を取りました」

検察官「被告はどうなりましたか」

証人「地面にしゃがみ込むような状況で、巡査部長がさらに右手を引くと、被告は道路に横たわりました」

検察官「証人はどうしましたか」

証人「ほかに警察官が見当たらなかったので駆け寄りました。巡査部長に警察手帳を示して、被告の左手を取りました」

検察官「その後、巡査部長が手錠をかけたわけですね。その後どうしましたか」

証人「巡査部長が無線で万世橋署と連絡を取ろうとしましたがうまくいかなかったので、私が携帯電話で110番通報し、巡査部長が警視庁に状況を説明しました」

検察官「巡査部長は被告に何か話しかけていましたか」

証人「『ほかに刃物は持っていないのか』と尋ね、上着のポケットに折りたたみのナイフが入っていました」

検察官「被告の様子は」

証人「取り乱すようなこともなく落ち着いていた様子でした」

検察官「その後、パトカーで署に連れて行きましたね。会話はありましたか」

証人「なかったと思います」

検察官「車内の被告は?」

証人「泣いていたように思います」

逮捕時の落ち着いた様子から一転、パトカー内では涙を見せていたという加藤被告。しかし、そんな場面の再現の最中も、被告人席の加藤被告に反応はない。

検察官「その後、取調室に入り、刑事が来るまで被告と巡査部長、証人の3人でいましたね。巡査部長は何か聞いていましたか」

証人「ほかに刃物を持っていないか聞いていました。被告は『車の中にある』と言っていました」

検察官「証人は会話をしましたか」

証人「現場に女性が倒れていて血の跡があったので、『初めからそのつもりでやったのか』と聞きました。最初から刺すつもりだったのかという意味です。被告は『はい』と答えました」

検察官「被告は自分の行為を把握していましたか」

証人「取り乱した様子はなかったので、そう思います」

検察官「被告に言いたいことはありますか」

証人「7人が亡くなられ、警察官を含む10人がけがをしています。被告の罪に相応の処罰を与えていただきたいと思います。以上です」

冷静に事件当日を振り返りつつ、強い処罰感情を明らかにした証人。検察官の質問はこれで終了し、証人に対する弁護人の尋問が始まった。弁護人は、巡査部長のことを「男性警察官」と呼んだ。

弁護人「証人は事件が起きたとき、人の流れに逆らって(加藤被告のいる方に向かって)歩いていったのですよね」

証人「はい」

弁護人「加藤被告と男性警察官が対峙していたところへ行ったそうですが、2人を囲むような人だかりはできていなかったのですか」

証人「人はいましたが、自分ができるだけ前に出ようと思って前に進んだため、人垣を見ることはなかったのです。そういう意味です」

弁護人「では、人垣はできていたのではないですか」

証人「できていたかもしれませんが、見ていないので分かりません」

弁護人「そこで、対峙している加藤被告と男性警察官を見たのですよね」

証人「はい」

弁護人「加藤被告が男性警察官にナイフを刺す瞬間は見たのですか」

証人「見ていません」

弁護人「証人から、加藤被告のどの部分が見えましたか」

証人「体の半分が見える形でした」

弁護人「見たときは、男性警察官が拳銃を構えていたのですよね」

証人「はい」

弁護人「警棒を振り回す様子はなかったのですね」

証人「はい」

証人が駆けつけたときは、巡査部長は警棒をすでにしまい、拳銃を突きつけていたとされる。弁護人は、そこを確認したかったようだ。

弁護人「その時、加藤被告はどのような顔をしていましたか」

証人「左のこめかみから血を流していました」

弁護人「その後、加藤被告はナイフを落としましたか」

証人「はい、手をナイフから離すように落としました」

弁護人「逮捕するときには、抵抗はしなかったのですか」

証人「はい、特に抵抗はしなかったと思います」

弁護人「逮捕してパトカーに乗るまでに、泣くことはありましたか」

証人「いえ、パトカーに乗るまでは泣くことはなかったと思います」

弁護人「以上で、質問は終わりです」

この日の証人尋問はすべて終了し、村山浩昭裁判長が閉廷を告げた。加藤被告は係官に連れられ、傍聴席にゆっくりと一礼すると、退廷していった。

次回公判は5月25日午前10時から、証人5人に対する尋問が行われる予定だ。

⇒第10回公判