(8)「痛いから足首の結束バンド外して」 被告は冷たく「できない」

英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=に対する殺人と強姦(ごうかん)致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の第3回公判は、市橋被告への弁護側の被告人質問が続いている。市橋被告はゆっくりとした口調で弁護人の質問に答えていく。ときにたどたどしくも聞こえる。
弁護側はリンゼイさんを浴槽に入れた経緯について質問をする。市橋被告は再度の失禁を恐れたためだと説明し、続けた。
市橋被告「それで浴槽を持ってきてリンゼイさんに、その中に入ってもらったんです」
リンゼイさんの父、ウィリアムさんは目頭に手を当てる。母、ジュリアさんは励ますように右腕を伸ばし、ウィリアムさんの肩を抱いた。
弁護人「浴槽に入れたのは何時ごろのことですか」
市橋被告「私とリンゼイさんが私の部屋に入ってから、1時間後ほどのことだったと思います」
弁護人「(平成19年3月)25日午前11時ぐらいということですか」
市橋被告「だと思います」
弁護人「リンゼイさんを姦淫し、行為が終わった後、あなたはどういう気持ちだったんですか」
市橋被告「リンゼイさんに悪いことをしたと思いました」
弁護人「また姦淫するつもりはあったんですか」
市橋被告「ありません」
弁護人「あなたは悪いことをしたというが、じゃあ、これからどうしようと思ったんですか」
市橋被告「なんとかしてリンゼイさんに許してもらわないと、許してもらいたいと思いました」
この返答に、弁護人は少し語気を強める。
弁護人「こんなにひどいことをして許してもらえると思ったんですか」
市橋被告「思いませんでした。すぐには許してもらえないと思いました。そのとき、私が考えたことは、なんとか彼女に話しかけて、人間関係をつくったら、許してもらえるんじゃないかと思いました」
父のウィリアムさんは鼻を赤くし、「わけが分からない」といった様子で頭(かぶり)を振った。
弁護人「あなたが浴槽を置いたのは、4・5畳の和室ということだよね」
市橋被告「そうです」
弁護人「浴槽はどのへんに置いたのか言える?」
弁護人は市橋被告に、犯行現場となったマンションの間取りを示す。
市橋被告「4・5畳の和室の壁際の真ん中あたりです」
弁護人「壁っていうとたくさんあるので、図面でいうと?」
市橋被告「この4・5畳の左側の壁際の真ん中あたりに私は浴槽を起きました」
弁護人「ラジカセがあったけど、その前あたりですか」
市橋被告「はい」
その位置は、弁護人が実況見分や証拠写真を使って示した浴槽の排水口の跡が畳に残っていた位置と一致する。
弁護人「4・5畳の部屋にはあなたもいた?」
市橋被告「はい」
弁護人「座っていた?」
市橋被告「私は座っていました」
弁護人「話はしました?」
市橋被告「はい」
弁護人「被害者はどんな話をしましたか」
市橋被告「リンゼイさんは4・5畳の和室の左側の壁際に私が張っていた、私が書いた『走っているチーター』の絵をみて、私に『この絵は間違っている。私は大学で生物学を学んでいたから分かるんだけど、このチーターのおなかは出すぎている』と言ってくれました」
弁護人はチーターの絵の写真を市橋被告に提示する。大型モニターに映し出された絵は、鉛筆かボールペンのようなもので描かれたモノクロのスケッチで、横から見たチーターが描かれていた。
弁護人「誰が描いたのですか」
市橋被告「私です」
弁護人「さきほどのは、この絵のことですね」
市橋被告「そうです」
弁護人「そのほかにあなたのほうから話しかけることはありました?」
市橋被告「ありました」
弁護人「どんな話でした?」
市橋被告「私はリンゼイさんに、キング牧師の演説の内容を尋ねました」
弁護人「どんなテーマの演説ですか」
市橋被告「『I HAVE A DREAM』。『私には夢がある』という題名のスピーチです」
弁護人「訪ねたことに被害者は?」
市橋被告「私がその演説の最初の部分をリンゼイさんに尋ねると、リンゼイさんは黒人は奴隷解放宣言のあと、黒人は自由を手にしたけれども、奴隷のときは生活や仕事に保証があったけど、自由を手にしたことで、生活や仕事の保証がなくなった面があるということを教えてくれました」
弁護人「そういう話を聞いてどう思いましたか」
市橋被告「私はそういう考えもあるのだなと思いました」
裁判員の男性は市橋被告の証言にじっと聞き入っている。
弁護人「他には?」
市橋被告「あります」
弁護人「項目的にいうとどんなこと?」
市橋被告「私は、リンゼイさんにカトリックとプロテスタントの違いを尋ねました。それとリンゼイさんが日本に来るまでに、どんな国に行ったことがあるのかということも尋ねました」
弁護人「あなたとすると人間関係を作ろうと話しかけたということでしょうか」
市橋被告「はい」
弁護人「被害者はずっと答えてくれましたか」
市橋被告「いいえ」
弁護人「どうしてですか」
市橋被告はしばらく沈黙した後に答える。
市橋被告「リンゼイさんが答えるのがしんどくなったんだと思います」
弁護人「そうすると、あなたは話しかけるのをやめた、控えたのですか」
市橋被告「はい。控えました」
弁護人「そうしたら、どうなりました?」
市橋被告「リンゼイさんから、甘いものがほしい。飲み物がほしいと言われました」
弁護人「それに対してどうしましたか」
市橋被告「私は台所に行ってミネラルウオーターと黒砂糖を…」
市橋被告はそこで言葉を止め、しばらくしてもう一度繰り返す。
市橋被告「私は台所に行ってミネラルウオーターと黒砂糖を取ってきて、リンゼイさんの口の中に入れました」
弁護人「そのほかに求められたものは?」
市橋被告「リンゼイさんは私に手首の結束バンドが痛いから外してほしいといいました」
弁護人「それに対しては?」
市橋被告「また台所に行ってキッチンばさみを持ってきて、彼女の結束バンドを切りました」
弁護人「次に何を求められましたか」
市橋被告「リンゼイさんは私に足首の結束バンドも痛いから外してほしいと言いました」
弁護人「それに対しては?」
市橋被告「私は『できない』といいました」
弁護人「ほかには?」
市橋被告「リンゼイさんは私にトイレに行きたいといいました」
弁護人「それに対してどうしました?」
市橋被告「リンゼイさんに浴槽から出て、廊下のトイレに行ってもらいました」
弁護人「だけど足首は外してないと言っていたのに、どうしたんですか」
市橋被告「足首はトイレに行く前に外しています」
つじつまがあわない発言に弁護人は質問を続ける。
弁護人「戻ったあとでまた足首に(結束バンドを)したということですか」
市橋被告「違います。順序が違います」
弁護人「では言ってみて」
市橋被告「私がリンゼイさんの…」
そこまで言ったところで、市橋被告は言葉を止めて言い直す。英語を意識してのことか、主語と述語の使い方にこだわりがあるようだ。
市橋被告「リンゼイさんから私に、足首が痛いから外してほしいといい、私はできないといいました。リンゼイさんがトイレに行きたいと言ったのは、だいぶ後の話です」
弁護人は順を追って説明するように市橋被告に言い、質問を続ける。
弁護人「では、さきほどの話の続きの中で求められたことは?」
市橋被告「あります。リンゼイさんはたばこが吸いたいと私に言いました」
弁護人「それに対しては?」
市橋被告「私はできないと言いました」
弁護人「足首を外してとか、たばこを吸いたいとか言われ、『できない』『できない』と答えたんだよね」
市橋被告「ええ」
弁護人「そのときの心境は?」
市橋被告は言葉を詰まらせ沈黙する。10秒ほどたったところで、弁護人が根負けした。
弁護人「じゃあ質問を変えるけど、イライラとか怒ったとか、感情的なものがなかったのかということなんだけどね」
市橋被告「ありました」
弁護人「それはどんな気持ち?」
市橋被告「私は…。リンゼイさんに対して…。イライラしていました」
言葉を切りながら、ゆっくりと吐露する。
弁護人「なぜイライラしたんですか?」
市橋被告「私がリンゼイさんが逃げたいことは、私はもちろん分かっていました。でも、リンゼイさんがいうことを私がすべてしていたら、リンゼイさんが逃げてしまうと思って、私はイライラしました」
弁護人「それであなたはどういう行動を取ったんですか」
市橋被告「私はリンゼイさんの顔を殴っています」
リンゼイさんの父、ウィリアムさんは「あぁ」というように体を大きくのけぞらせる。
弁護人「それは感情的にキレたということですか」
市橋被告「はい」
弁護人「何回ぐらい殴りましたか」
市橋被告「私はリンゼイさんの顔を2回殴っています」
「殴りました」ではなく、「殴っています」という表現を使う市橋被告。どこか客観的な印象を受ける。
弁護人「リンゼイさんのいる浴槽に寄っていて殴った?」
市橋被告「そうです。はい」
弁護人「どちらの手で殴りました?」
市橋被告「最初に左のこぶしで、次に右のこぶしで殴りました」
淡々としながらも事件当時の怒りの感情に言及した市橋被告。リンゼイさんの両親の鼻は赤く、キッと市橋被告をにらみつけている。ここで法廷は20分の休憩に入った。